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シンBI実現の壁・課題

BI実現の壁超克シリーズーⅤ:格差問題の壁とシンBI2050

BI実現の壁超克シリーズでは、ベーシックインカムの実現を阻む、あるいはその実現に際して乗り越えるべき課題として、8つの「壁」を設定しています。

このうち、財源・財政問題、マクロ経済問題、社会制度問題、社会・労働観問題という前半4つの壁については、これまで日本においてBIが真剣かつ十分に検討され、制度として具体化されてこなかった要因群として捉えてきました。
そして、それぞれの根源的な課題を検討しながら、シンBI2050によってその壁を乗り越えるための考え方と制度設計を提案してきました。

これに対して、後半に位置する格差問題、人口構造問題、AI・AX社会問題、政治問題という4つの壁は、やや性質を異にしています。

これらは、BIそのものの実現を妨げる「壁」として捉えるだけでは十分ではありません。
むしろ、現代社会がすでに抱え、今後さらに深刻化する可能性があるこれらの問題に対して、シンBI2050がどのように対峙し、どこまで超克、打破あるいは解消に寄与できるのか。
そして、それが困難な場合にも、問題の発生や深刻化をどこまで抑止・抑制・回避できるのか。この視点から検討することが、後半4つの壁に共通する課題になると考えています。

本稿では、その最初のテーマとして「格差問題」を取り上げます。

「所得格差」「資産格差」「教育格差」「仕事格差」「家族格差」「ジェンダー格差」「地域格差」「健康格差」など、今日ではさまざまな言葉に「格差」が付され、社会問題として語られています。

しかし、それらすべてを同じ性質の問題として扱うことはできません。
また、人それぞれの能力、努力、経験、選択、行動、さらには偶然や幸運などによって生じる「違い」まで含めて、すべての格差をなくすことが可能なのか、あるいは望ましいのかという問題もあります。

格差のない社会は、一つの理想でしょう。
しかし、人々の生き方や働き方、能力、価値観、置かれた環境が異なる以上、格差そのものを完全になくすことは、現実には極めて困難です。

一方で、自分自身の力や意思では変えることができない出生、家庭環境、性別、障害、社会経済環境などが、その後の人生に大きな影響を及ぼすことがあります。
また、所得・経済条件の違いが、教育、仕事、結婚・家族形成、子育て、住宅、健康、老後など、人生のさまざまな局面における選択や可能性を左右し、時にはその後の人生を決定づける要因となることもあります。

そうした格差に対して、社会は何をなし得るのか。
そして、個人ごとに共通の生活基盤を保障するシンBI2050のLife Security Foundation(LSF)生活保障給付と、それに関連する社会保障制度・社会福祉制度その他の社会制度改革は、どのような役割を果たすことができるのか。

ここが、本稿の中心的な問題意識です。

LSF生活保障給付は、格差そのものをなくすことだけを目的として設計した制度ではありません。
しかし、すべての人に個人単位で共通の生活基盤を保障することによって、所得・経済格差がもたらす困窮を緩和し、人生の選択肢を広げ、自らの努力や意思によって状況を変えようとする人々の可能性を支えることはできます。

また、LSFだけでは対応できない格差に対しては、厚生保険制度、改革社会福祉制度、税制、教育、雇用、住宅、さらには家族関係をめぐる法制度など、社会制度全体から考える必要があります。

シンBI2050によって格差問題をすべて解消できる、と主張するつもりはまったくありません。

目指したいのは、格差があることによって人生の可能性があらかじめ決定づけられたり、貧困や困窮その他の不利な状況から脱却する可能性そのものが閉ざされたりすることを、できる限り抑止・抑制・回避できる社会です。

なお、本稿に先立って、2021年前後に格差問題とBIとの関係について考察した過去記事のうち、山田昌弘氏著『新型格差社会』を取り上げた記事群と、『ベーシックインカムとジェンダー』をテーマとした記事群を、それぞれ統合集約版として当サイトに移管・公開しました。
これらは本稿の論拠や前提とするものではありませんが、従来の格差論やBI論を振り返り、本稿で改めて格差問題を考える際の一つの参考材料として位置付けています。

本稿では、これらの過去の考察も必要に応じて振り返りながら、シンBI2050の原点であるBP構想から現在のLSF生活保障給付と社会制度改革体系へと至る考え方を踏まえ、格差が人生を決定づける力をどこまで小さくできるのか、そして貧困や困窮その他の不利な状況から脱却する可能性をどこまで確保できるのかを考えていきます。

(画像0)

前章までの【BI実現の壁超克シリーズ】では、現在のシンBI2050を軸として、それぞれの壁と向き合ってきました。
しかし、格差問題について考えるに当たっては、一度、シンBI2050の原点であるBP(ベーシック・ペンション)構想まで遡っておきたいと思います。
(参照)https://basicpension.jp

現在のLSF(Life Security Foundation)生活保障給付の直接的な原型となったBP構想は、単に「全国民に一定額を給付する」という制度として考えたものではありませんでした。
その構想の出発点には、既存の年金制度や生活保護制度などが抱える問題とともに、貧困、所得格差、経済的不安、雇用や働き方の変化、少子高齢化、人口減少など、将来の日本社会が直面するさまざまな問題への危機意識がありました。

まず、その原点を確認するところから、本稿の格差問題に関する考察を始めます。

なお、先の統合版を、当サイトの以下の記事に集約していますので、確認頂ければと思います。

当サイトで、シンBI2050の新しい設計思想に基づき提案しているLife Security Foundation LSF 生活保障給付の原点は、2020年以降、https://basicpension.jp で提案した、ベーシック・ペンション(BP 生活基礎年金)です。
そこでのBP(ベーシック・ペンション、生活基礎年金)構想を、2022年に一旦、法律仕様としてまとめました。

その法案前文では、<本法制定の背景>として、以下の22のミニタイトルを付け、BPを必要とする社会的背景と、その目的・意義のエッセンスを示しています。

「日本国民の基本的人権に基づき支給する生活基礎年金に関する法律」
(生活基礎年金法=ベーシック・ペンション法)」前文:2022年草案から

<本法制定の背景>
1. 憲法に規定する基本的人権及び生存権等の実現

2. 生活保護の運用と実態
3. 少子化社会の要因としての結婚・出産・育児等における経済的不安
4. 子どもの貧困と幸福度を巡る評価と課題
5. 母子世帯・父子世帯の困窮支援の必要性

6. 非正規労働者の増加と雇用及び経済的不安の拡大及び格差拡大
7. 保育職・介護職等社会保障分野の労働条件等を要因とする慢性的人材不足
8. 共働き夫婦世帯の増加と仕事と育児・介護等両立のための生活基盤への不安
9. 国民年金受給高齢者の生活基盤の不安・脆弱性及び世代間年金制度問題
10.高齢単身世帯、高齢夫婦世帯、中高齢家族世帯の増加と生活基盤への不安
11.高校・大学等高等専門教育を受ける学生の経済的不安解消による学究・学習機会と生活保障の必要性

12.コロナウイルス禍による就労・所得機会の減少・喪失による生活基盤の脆弱化
13.自然災害被災リスクと生活基盤の脆弱化・喪失対策
14.日常における不測・不慮の事故、ケガ、失業等による就労不能、所得減少・喪失リスク

15.IT社会・AI社会進展による雇用・職業職種構造の変化、所得格差拡大と脱労働社会への対応
16.能力・適性・希望に応じた多様な生き方・働き方選択による就労・事業機会、自己実現・社会貢献機会創出と付加価値創造

17.貧富の格差をもたらす雇用・結婚・教育格差等の抑制・解消のための社会保障制度改革、所得再分配政策再考
18.世代間負担の不公平対策と全世代型社会保障制度改革の必要性
19.コロナ禍で深刻さ・必要度を増した、安心安全な生活を送るための安全弁としての経済的社会保障制度
20.基本的人権に基づく全世代型・生涯型・全国民社会保障制度としての、生活基礎年金制(ベーシック・ペンション制)導入へ
21.副次的に経済政策として機能する、社会経済システムとしてのベーシック・ペンション
22.生活基礎年金法(ベーシック・ペンション法)導入に必要な種々の課題への取り組み

これら22項目を改めて見ると、貧困・困窮、経済的不安、生活基盤の不安・脆弱性、貧富の格差、所得格差、所得減少・喪失、就労・所得機会、世代間負担の不公平など、本稿で取り上げる格差問題と直接・間接に関係する問題意識が数多く組み込まれていることが分かります。

また、それらは所得だけの問題としてではなく、就労、教育、家族、子育て、高齢期、疾病・事故・災害などの生活上のリスク、そして社会保障制度そのものの問題として捉えています。

※是非、前掲の統合記事をご確認頂ければと思います。

22項目を現在のシンBI2050との関係から大きく整理すると、次のようになります。

BP法案前文に表れた問題領域主な内容現在のシンBI2050との関係
所得・経済的不安貧困、困窮、所得減少・喪失、所得格差LSF生活保障給付による共通生活基盤
就労・働き方非正規雇用、失業、就労機会、働き方の選択LSF+厚生就労保険制度
子ども・教育子どもの貧困、学生の経済的不安、教育機会子どもへの個人単位LSF+教育制度改革
家族・世代ひとり親、育児・介護、高齢化、世代間問題個人単位保障+社会福祉・関連制度改革
生活上のリスク疾病・事故、失業、災害、老後等による生活基盤の脆弱化LSF+改革厚生保険制度等
社会保障・社会経済システム生活保護、所得再分配、全世代型保障、経済政策シンBI2050による社会制度体系の再設計

こうして整理すると、BP構想の当初から、格差問題は単独の政策テーマとしてではなく、所得、就労、教育、家族、生活上のリスク、社会保障制度などが相互に関係する問題として認識していたことが分かります。

BPからLSFへと制度設計そのものは大きく発展してきましたが、この基本的な問題意識は現在のシンBI2050にも引き継がれています。

当時のBP構想を考える上で重要なのが、一般的なベーシックインカムとBPとの違いです。
一般的なBI論では、「全国民に無条件で一定額を現金給付する」という仕組みそのものが中心になります。

しかし、BPでは、単なる現金給付制度としてではなく、国民一人ひとりの生活基盤を長期にわたって支える社会保障制度として構想しました。
そのため、BP法案では、すべての国民を対象とする普遍性、個人単位で給付する個人性、所得や資産等による選別を行わない無条件性を基本としながら、生活の安定と将来への安心を社会全体として支えることを重視しました。

この違いは、格差問題を考える上でも重要です。
格差問題に対して、単に所得の少ない人へ追加的に現金を給付するという考え方だけでは、その人が置かれている生活条件や、その後の人生における選択可能性まで支えることはできません。

教育、就労、家族形成、子育て、住まい、健康、介護、老後など、人生にはさまざまな局面があります。
そして、それぞれの局面で所得や生活基盤の違いが、その後の選択を大きく左右することがあります。

BPは、そのすべてを直接解決する制度ではありませんでした。
しかし、誰もが共通して持つことのできる経済的な生活基盤を保障することによって、さまざまな格差が人生を決定づける力を弱める。その可能性を持つ制度として構想したものです。
その考え方は、その後のシンBI2050とLSF生活保障給付へ引き継がれています。

現代社会では、さまざまな問題を表現する際に「格差」という言葉が用いられています。

所得格差、資産格差、教育格差、仕事格差、雇用格差、地域格差、健康格差、家族格差、世代間格差、ジェンダー格差、デジタル格差など、対象となる領域や比較の方法によって、いくらでも「○○格差」という言葉を作ることができます。

しかし、「違い」があることと、それが社会問題としての「格差」であることとは、必ずしも同じではありません。

人にはそれぞれ、能力、経験、価値観、努力、行動、選択があり、置かれた環境も異なります。
そうした違いから生じる結果の差まで、すべて社会が解消すべき「格差問題」として扱うことには無理があります。

一方で、本人の意思や努力だけでは変えることが難しい条件によって生じる違いや、所得・経済条件の違いによって教育、就労、家族形成、子育て、住宅、健康などの選択肢が大きく制約される場合、それを単なる個人差として済ませることもできません。

さらに重要なのは、一つの格差が一つの領域だけで完結するとは限らないことです。

所得・経済条件の違いが教育機会に影響し、それが就職や仕事の選択に影響する。
家族環境の違いが子どもの教育や生活条件に影響する。
健康上の問題が就労や所得に影響し、逆に経済的な問題が健康や住まいにも影響する。

ジェンダーをめぐる問題においても、所得、雇用、家族、子育て、ケア、社会制度など複数の要因が関係します。

このように考えると、「○○格差」という個々の名称だけを取り上げ、その一つひとつに個別の対策を考えるだけでは、格差問題の本質を捉えることはできません。
必要なのは、それぞれの格差が何によって生じ、人生のどの局面で、どのような選択や可能性に影響するのかを見ることです。
そして、その中で社会や公的制度が対応すべきものは何か、本人自身の意思や努力によって変えることのできる可能性をどのように支えるかを考えることです。

BP構想から現在のシンBI2050へと考察と制度設計を進める中で、生活基盤保障の考え方も大きく発展してきました。
現在のシンBI2050では、LSF生活保障給付を、すべての国民に個人ごとに共通する生活保障基盤として位置付けています。

しかし、LSFだけですべての社会問題を解決しようとしているわけではありません。
医療、就労、住宅、老後などについては改革厚生保険制度が、児童、障害、高齢、生活上の個別事情などについては改革社会福祉制度が、それぞれ必要な役割を担います。

さらに、格差問題の内容によっては、税制、教育制度、雇用制度、住宅政策、家族関係をめぐる法制度など、社会保障制度の外側にある制度改革も必要になります。

これは格差問題に対しても同様です。
LSF生活保障給付が存在するからといって、所得格差、教育格差、仕事格差、ジェンダー格差などが消滅するわけではありません。
しかし、誰もが共通して持つことのできる生活基盤があることによって、経済的事情だけを理由として進学を断念する、望まない仕事から離れられない、離婚後の生活を維持できない、子育てと仕事の両立を諦める、再就職や学び直しに踏み出せないといった状況を減らしていくことは可能でしょう。

また、LSFでは対応できない問題について、他の社会保障制度や社会福祉制度、さらに必要な社会制度・法制度を組み合わせることで、格差が人生を決定づける力をさらに小さくすることも可能になると考えます。

格差そのものを完全になくすことは難しい。
しかし、格差によって人生の選択肢が著しく狭められたり、不利な状況から脱却する可能性が閉ざされたりすることを、そのまま受け入れる必要はありません。

BP構想以来の問題意識を引き継ぎながら、LSF生活保障給付と社会制度改革体系によって何が可能になるのか。
次章では、ここから一歩踏み込み、格差問題とシンBI2050の基本的な関係について考えていきます。


前章では、シンBI2050の原点であるBP(ベーシック・ペンション)構想に遡り、当初から貧困や所得格差、経済的不安などへの問題意識がその構想に組み込まれていたことを確認しました。

では、現在のシンBI2050は、格差問題そのものに対してどのような立場を取るのでしょうか。
ここで初めに確認しておきたいのは、包摂的かつ普遍的なLife Security Foundation(LSF)生活保障給付は、格差問題だけを超克・打破するために設計した制度・システムではないということです。
また、LSFを導入すれば、社会に存在するさまざまな格差がなくなると考えているわけでもありません。

格差のない社会は一つの理想です。
しかし、人それぞれの能力、努力、経験、価値観、選択、行動、置かれた環境、さらには偶然や幸運まで異なる社会において、すべての格差を完全になくすことは極めて困難でしょう。

それでは、シンBI2050は格差問題に対して無力なのか。
もちろん、そうではありません。
格差そのものを完全にはなくせなくても、格差が人生のさまざまな局面に及ぼす影響を小さくし、格差によって選択肢が著しく狭められることや、貧困・困窮その他の不利な状況から脱却する可能性が閉ざされることを、抑止・抑制・回避することは可能です。

これが、シンBI2050から格差問題を考える際の基本的な立場です。

「格差問題を超克する」と言うと、あらゆる格差をなくし、すべての人が同じ条件、同じ結果を得る社会を目指すかのように受け取られるかもしれません。
しかし、それは本稿でいう「超克」の意味ではありません。

所得や資産、能力や技能、職業、働き方、生活様式などに違いが生じること自体は、人間社会では避けることができません。
また、自ら努力し、能力を高め、新しいことに挑戦し、その結果としてより多くの所得や成果を得ることまで否定すべきではないでしょう。

一方、本人には選ぶことのできなかった出生や家庭環境、性別、障害、疾病、地域その他の条件によって、教育、就労、所得、家族形成、住宅などの選択可能性が大きく左右されることがあります。

また、一時的な失業、疾病、離婚、介護などがきっかけとなって生活基盤を失い、その後の人生の選択肢まで大きく制約されることもあります。

問題なのは、単に人と人との間に「差」があることだけではありません。
その差が、本人の意思や努力だけでは乗り越えることが困難な条件となり、その後の人生を決定づけるほどの影響を持つことです。

そこで、シンBI2050では、格差そのものをなくすことだけを目標にするのではなく、まずすべての人に個人単位で共通の生活保障基盤を用意することを考えます。
LSF生活保障給付によって、最低限必要な生活基盤が所得や就労状態、家族関係などに左右されず保障されれば、現在置かれている条件だけで、その後の人生まで決定される可能性を小さくできます。
そして、それでも残る問題については、厚生保険制度、改革社会福祉制度、税制その他の社会制度・法制度によって対応する。

格差問題の超克とは、そのような複数の制度改革を通じて、格差の発生そのものを可能な限り減らすとともに、その影響を抑止・抑制・回避していく不断の取り組み、と考えることができるでしょう。

格差問題をもう少し異なる角度から考えてみます。
ここでは、格差をもたらす要因・条件を、本人自身との関係から大きく2つに分けて考えてみたいと思います。

1)自分自身の力や意思では変えることが難しい要因・条件

第一は、自分自身の力や意思だけでは変えることができない、あるいは極めて変えることが難しい要因・条件によって生じる格差です。
出生した家庭、親の所得や資産、幼少期の生活環境、性別、障害、疾病、居住地域などは、その代表例です。

子どもは、生まれる家庭を選ぶことができません。
親の所得が低いために十分な教育機会を得られない。
居住地域によって利用できる教育、医療、就労機会などに違いがある。
障害や疾病によって、働き方や生活上の選択に制約を受ける。

また、ジェンダーをめぐっては、性別そのものだけでなく、社会慣行、雇用慣行、家族内での役割分担などが複合し、本人の意思だけでは変えにくい条件となることがあります。

こうした格差について、「本人の努力」で解決することを求めるだけでは不十分です。
社会保障制度、社会福祉制度、教育制度、雇用制度、さらには必要な法制度を通じて、その不利益を小さくするための公的な仕組みが必要になります。

LSF生活保障給付は、そのすべてを直接解決する制度ではありません。
しかし、まず個人ごとの経済的な生活基盤を保障することによって、本人には選ぶことのできなかった条件が、その後の人生を決定づける力を弱める役割を果たすことができます。

2)自分自身の努力・能力・行動等によって状況を変え得る要因・条件

第二は、自分自身の努力、能力、才覚、行動力、学習、経験、さらには幸運などによって、現在置かれている状況を変える可能性がある格差です。
学び直して新しい技能を身につける。
転職する。
新しい仕事に挑戦する。
起業する。
居住地を変える。
新しい人間関係や生活環境を築く。

もちろん、努力すれば必ず報われる、あるいは、成功するわけではありません。
また、挑戦するための条件そのものに格差があることも忘れてはいけません。

重要なのは、挑戦したいと思った人が、生活を失うことへの恐怖によって、その選択肢を最初から断念せざるを得ない状況をできるだけ減らすことです。

ここでもLSF生活保障給付が意味を持ちます。
一定の生活基盤が無条件で保障されていれば、失敗すれば直ちに生活そのものが成り立たなくなるというリスクを軽減できます。
そして、厚生就労保険制度による職業能力開発、学び直し、キャリア転換、起業等への支援を組み合わせることで、現在の格差を本人自身が乗り越えようとする可能性を高めることもできます。

第一の格差要因に対しては、本人では変えることが困難な不利益を社会制度によって支える。
第二の格差要因に対しては、本人が自ら状況を変えようとする選択と挑戦を可能にする基盤を用意する。

そのどちらにも、シンBI2050、LSF生活保障給付および関連する社会制度改革体系は寄与し得ると考えています。

以上の2つの視点は、格差を単純に「解消すべきもの」と一括りにしないために重要です。
本人自身ではどうすることも難しい条件には公的制度による支援が必要であり、一方、自ら状況を変える可能性がある場合には、その選択や挑戦を可能にする基盤が必要です。
シンBI2050との関係を整理すると、次のようになります。

格差をもたらす要因・条件主な例本人との関係シンBI2050等の役割
本人では変えることが難しい条件出生家庭、親の所得、障害、疾病、性別、地域、社会経済環境本人の意思・努力だけでは対応困難LSFによる生活基盤保障+社会保障・社会福祉・法制度による支援
本人自身が状況を変え得る条件学習、技能、転職、起業、働き方、居住地など意思・努力・能力・行動等により変化の可能性LSFによる生活安定+厚生就労保険等による挑戦・再選択支援
両者が重なる条件教育、仕事、所得、家族形成、健康など本人の努力と外部環境の双方が影響普遍的保障と個別制度を組み合わせて対応

現実の格差は、このどちらか一方に明確に分類できるとは限りません。
多くの場合、本人の努力と、自分では選べない環境や制度上の条件が重なって生じます。
だからこそ、すべてを自己責任とすることも、逆にすべてを公的制度によって結果平等化することも適切ではありません。
シンBI2050は、その間に共通生活基盤を置くことで、本人自身の可能性と社会制度の役割の双方を生かそうとするものです。

格差の影響は、人生の一時点だけに現れるとは限りません。
出生・成長、教育、就職、結婚・家族形成、子育て、住宅、疾病、介護、老後など、人生のさまざまな局面で、それぞれ異なる格差要因が現れ、その時々の選択や可能性を左右します。

社会問題化されて語られる格差は、人それぞれの人生に影響を与え、人生を左右する、あるいは固定化するものとして捉えられることがほとんどです。
ここでは、そうした個々人のライフステージにおける格差問題に焦点を当てて、整理してみます。

1)出生・家庭環境がもたらす格差

人生の出発点において、本人が選ぶことのできない最も大きな条件の一つが家庭環境です。
親の所得・資産、家族構成、居住地域、家庭内の人間関係などによって、子どもの生活環境には違いが生じます。

ここで生じた違いが、その後の教育機会や進路選択まで決定づけるほどの影響を持つのであれば、それは社会として考えるべき格差問題になります。
LSF生活保障給付を子どもを含む個人単位の普遍的な保障とすることには、こうした出生・家庭環境による経済的な違いを少しでも緩和する意味があります。

2)保育・教育・進学段階における格差

家庭の所得や居住地域によって、保育、学校教育、学習環境、進学などの機会に違いが生じることがあります。
特に教育は、その後の仕事や所得に影響する可能性が高いため、子どもの時点での経済格差が、その後の人生に長く影響する代表的な領域です。

LSFによる生活保障だけで教育格差を解消できるわけではありません。
教育費負担、教育機会、地域による教育環境の違いなどについては、教育制度そのものからの対応も必要です。
しかし、家庭の所得不足だけを理由として子どもの進学や学習機会が制約されることを減らす上で、生活保障基盤の存在には大きな意味があります。

3)就職・就労・所得形成段階における格差

正規・非正規、雇用・自営、企業規模、職種、地域、性別などによって、賃金や雇用条件、キャリア形成の機会には違いがあります。
また、失業や離職が、その後の所得や職業選択を大きく左右する場合もあります。

ここでは、LSFによる生活保障とともに、厚生就労保険制度による職業能力開発、学び直し、転職、起業、柔軟な働き方への支援が重要になります。
「今の仕事を失えば生活できない」という状況と、「生活基盤を確保しながら次の仕事を選べる」という状況では、本人が持つ選択肢は大きく異なります。

4)結婚・家族形成・子育て段階における格差

所得や雇用の不安定さは、結婚、出産、子育てなどの選択にも影響します。
また、結婚後の所得や家事・育児負担、離婚時の経済的不安、ひとり親となった後の生活などには、ジェンダーや家族制度とも関係する格差が現れます。

個人単位で給付されるLSFは、婚姻の有無や配偶者の所得によって生活保障そのものが左右されない仕組みです。
それは、結婚する、結婚しない、離婚する、子どもを育てるといった人生上の選択において、経済的な事情だけが決定的な要因となることを減らす可能性を持ちます。

ただし、養育責任、養育費、家族関係、子どもの権利など、生活保障給付だけでは解決できない問題もあります。
これについては後章で改めて考えます。

5)中高年・老後段階における格差

中高年以降には、これまでの所得、雇用、資産形成、住宅、健康などの違いが、生活条件により強く現れてきます。
疾病や介護による離職、住宅問題、老後所得など、一つの問題が他の生活条件にも影響することがあります。

ここでは、LSFだけでなく、厚生健康保険、厚生住宅保険、厚生就労保険、厚生積立年金保険などの制度改革が重要になります。
人生の後半に至った時点で、それ以前の所得や働き方の違いだけによって生活の安心まで大きく左右されることを、どこまで小さくできるか。
これも、シンBI2050が格差問題と向き合う重要な課題です。

こうしたライフステージの視点から格差問題を考えるとき、これから想定される自身や家族のそれぞれの局面に備えて、どんな対策を講じ、備えることが望ましいか。
LSFの給付を前提としたとき、多様な選択肢と機会を、その備えとして考えることが可能になると思われます。

ここまでさまざまな格差を見てきましたが、その多くと広く、かつ深く関係しているのが所得・経済格差です。
もちろん、すべての格差を所得だけで説明することはできません。
ジェンダー、障害、家族関係、地域、社会的偏見など、所得とは異なる要因から生じる格差もあります。

しかし、所得や資産などの経済条件は、住まい、教育、仕事、健康、家族形成、子育て、老後など、非常に広い領域に影響します。
その意味で、所得・経済格差は、数ある格差の一つであると同時に、他のさまざまな格差と最も広く、深く関係する基底的な問題と考えることができます。

1)所得・経済格差が他の格差に及ぼす影響

所得が少ないことは、単に購入できるモノやサービスが少ないという問題にとどまりません。
教育や学び直しに使える費用、住む場所の選択、医療へのアクセス、仕事を変えるための準備期間、子育てに使える時間や費用、老後への備えなどにも影響します。

反対に、十分な所得や資産があれば、失業、疾病、離婚その他の出来事に直面した場合にも、その影響を吸収し、次の選択を考える時間を持つことができます。
経済的な余力そのものが、人生における「選択可能性」の違いにつながるわけです。

この点から考えると、シンBI2050において、すべての人に個人単位でLSF生活保障給付を保障する意味は大きいと考えます。
それは所得格差そのものをなくす制度ではありません。
しかし、所得の多少にかかわらず誰もが共通して持つ生活基盤を設けることで、経済格差が他の格差へ波及し、人生の選択を決定づける力を弱めることができます。

2)「貧困」という最も深刻な格差問題

格差問題を論じる以上、「貧困」という問題を避けることはできません。
所得や資産の違いが存在することと、日常生活そのものを維持することが困難な状態に置かれることとは、同じではありません。

所得・経済格差が一定の範囲にとどまっているうちは「差」として捉えることができても、それによって住居、食事、教育、医療その他の基本的な生活条件を維持できなくなれば、それは貧困・生活困窮という社会問題になります。

現在の社会保障制度では、こうした状態に至った人に対して生活保護をはじめとする選別的な制度によって対応しています。

これに対してシンBI2050では、困窮状態に陥った後に申請し、審査を受けて救済されることを生活保障の基本とはしません。
すべての人にあらかじめ共通の生活基盤としてLSF生活保障給付を保障する。

現状でのLSF給付額は、個人単位に、以下の区分での給付を提案しています。(いずれも月額)
① 児童基礎給付(0〜15歳)   8万円
② 学生等基礎給付(16〜18歳) 10万円
③ 生活基礎給付(19〜85歳未満)15万円
④ 高齢者基礎給付85歳以上)  12万円
種々の世帯構成を考えると、こうした給付により、日常生活上、一定の安心・安定感を得ることができるでしょう。
このLSFが、貧困からの脱却を可能にすると考えます。

それによって、所得の減少や失業、離婚、疾病その他の出来事が直ちに深刻な貧困へつながることを抑止し、仮に困難な状況に陥った場合にも、そこから脱却するための基盤を失わないようにする。
ここに、格差問題、そして貧困問題に対するシンBI2050の大きな意味があると考えています。

3)属性によって不利を受けやすい人々とジェンダー格差

所得・経済格差だけでは説明できない問題として、もう一つ重視したいのが、本人の属性や置かれた社会的条件によって不利を受けやすい人々の問題です。
障害、疾病、年齢、家族環境などによって、生活や就労、社会参加にさまざまな制約を受ける場合があります。

中でも本稿で重視したいのが、ジェンダー格差です。
女性の就労、賃金、非正規雇用、出産・育児、介護、離婚、ひとり親世帯などをめぐる問題には、所得・経済格差だけでなく、雇用慣行、家族内の役割分担、婚姻・離婚、親の養育責任など、複数の社会制度や社会慣行が関係しています。
したがって、LSFによって女性個人の生活保障基盤を確立するだけで、ジェンダー格差が解消するわけではありません。

改革社会福祉制度による支援も必要です。
さらに、それだけでも十分ではなく、雇用制度や家族関係をめぐる法制度など、より広い制度改革が必要になる場合があります。

格差問題をシンBI2050から考えるということは、何でもLSFで解決すると主張することではありません。
LSFが担うべきもの、厚生保険制度が担うべきもの、改革社会福祉制度が担うべきもの、そしてそれ以外の社会制度・法制度によって取り組むべきものを明確にし、それらを組み合わせることによって、格差が人生を決定づける力を可能な限り小さくしていく。
これが、シンBI2050における格差問題への基本的な考え方です。

次章では、この視点から、社会制度そのものと格差問題との関係を整理し、これまで「社会制度問題の壁」で提案してきた制度改革体系が、格差問題にどのように関わるのかを考えていきます。

前章では、所得・経済格差をはじめとするさまざまな格差が、人生の各局面における選択や可能性を左右すること、そしてシンBI2050は、そうした格差そのものを完全になくすことはできなくても、その影響を抑止・抑制・回避することに寄与し得ることを確認しました。
では、そのために必要なのは、LSF生活保障給付だけなのでしょうか。
もちろん、そうではありません。

所得・経済格差が多くの格差と広く、深く関係している以上、すべての人に個人単位で共通の生活基盤を保障するLSFには、大きな役割があります。
しかし、教育、仕事、健康、住宅、家族、ジェンダーなどをめぐる格差には、それぞれ異なる社会制度や社会慣行が関係しています。
そのため、格差問題に対するシンBI2050の役割を考える際には、LSF生活保障給付を起点としながら、これまで「社会制度問題の壁」で提案してきた厚生保険制度、改革社会福祉制度、税制改革、さらにそれ以外の社会制度・法制度まで含めて考える必要があります。

格差問題と社会制度問題は、ここで密接に結びつきます。

格差問題、とりわけ所得格差を考える場合、一般的には所得再分配政策が中心になります。
所得の多い人から税や社会保険料を徴収し、所得の少ない人に給付やサービスを提供する。累進課税や各種給付、社会保障制度などによって所得格差を縮小する。
もちろん、こうした再分配には重要な役割があります。

しかし、前章で見たように、所得・経済格差の問題は、ある時点での所得額の違いだけにあるわけではありません。
経済的な余裕の有無が、進学するか、どの仕事を選ぶか、仕事を辞めることができるか、結婚・出産を選択できるか、子どもにどのような教育機会を提供できるか、どこに住むか、病気になったときにどう対応するか、学び直しや再挑戦ができるかなど、人生のさまざまな選択に影響します。

所得が低くなった人に対して、その都度、所得制限や資産要件を設けた給付を行うだけでは、こうした問題に十分対応することはできません。
また、所得の少ない人、疾病や障害のある人、ひとり親家庭、高齢者など、属性や状況ごとに異なる制度を設け、それぞれ申請・審査・認定を経て支援する仕組みを積み重ねれば、社会保障制度全体は複雑になります。
そして、制度の対象になるかどうかによって、新たな境界や「壁」が生まれることもあります。

シンBI2050では、こうした従来型の所得再分配と選別的給付だけに依存するのではなく、まずすべての人に共通する生活保障基盤を置き、その上に必要な社会制度を構築するという考え方を取ります。

LSF生活保障給付の最大の特徴は、所得の多寡、就労の有無、婚姻関係、家族構成などによって給付対象を選別するのではなく、すべての国民へ、個人ごとに、共通の生活保障基盤を設定することです。

これは、所得格差をなくすことを意味しません。
LSFを受給しながら働いて所得を得る人もいれば、より高い所得を得る人もいるでしょう。
資産、能力、職業、働き方、生活様式などにも違いは残ります。

しかし、その違いの下に、誰もが失うことのない共通の生活基盤が存在するかどうかは、格差問題を考える上で大きな意味を持ちます。
例えば、親の所得が低い家庭に生まれた子どもにも、個人としてLSF生活保障給付が保障される。
失業した場合にも、就労所得がなくなることによって生活保障そのものまで失われることはない。
結婚しても、離婚しても、配偶者の所得に依存せず、自分自身の生活保障基盤を持つ。
疾病、介護、育児などによって一時的に働き方を変えなければならなくなっても、生活基盤そのものは継続する。

こうした仕組みは、所得・経済格差が人生の各局面に及ぼす影響を小さくすることにつながります。
同時に、現行制度にある所得制限や年収の壁などによって、「所得を増やすと給付を失う」「働き方を変えると保障条件が変わる」といった問題を減らすこともできます。

すなわちLSFは、所得格差の結果を事後的に調整するだけではなく、所得や家族状況の変化にかかわらず存在し続ける生活基盤をあらかじめ保障する制度です。
格差問題に対するLSFの意味は、ここにあると考えています。

もちろん、共通生活基盤があれば、それだけですべての生活上のリスクに対応できるわけではありません。
疾病、就労、住宅、老後など、それぞれの領域には固有のリスクと必要な保障があります。

そこでシンBI2050では、従来の社会保険制度を再編し、LSFと役割を分担する改革厚生保険制度を構想しています。
ここでは各制度の詳細を繰り返すのではなく、それぞれが格差問題にどのように関係するかを確認します。

なお、それぞれの厚生保険制度の内容については、当サイトで既に考察・論述しています。
以下の各項ごとに当該記事を紹介していますので、できれば閲覧頂き、格差対策としての機能も担っていることを確認頂ければと思います。

1)厚生健康保険制度|健康状態が人生を決定づける力を小さくする

健康格差には、所得、職業、生活環境、地域などさまざまな要因が関係します。
疾病や障害そのものをなくすことはできません。
また、人によって必要な医療や介護の内容も異なります。

問題は、病気になったことや介護を必要とすることが、経済的困窮に直結し、その後の仕事、住まい、家族生活などまで大きく左右することです。
LSFによる生活基盤保障に加え、必要な医療・介護を支える厚生健康保険制度を整備することで、健康上の違いが経済格差を拡大し、それがさらに生活上の選択を制約する連鎖を可能な限り小さくすることが求められます。

2)厚生就労保険制度|仕事格差を乗り越える選択と再挑戦を支える

仕事をめぐる格差には、賃金だけでなく、雇用形態、職業能力、教育・訓練機会、キャリア形成、育児・介護との両立、転職・起業の可能性など、多くの違いがあります。

シンBI2050で構想する厚生就労保険制度は、正規雇用者だけでなく、非正規雇用、フリーランス、個人事業などを含む「働く人すべて」を対象とし、雇用保険、労災、職業能力開発、起業支援、育児・介護との両立支援などを包括的に担う制度です。
LSFによって生活基盤を確保しながら、厚生就労保険によって学び直し、転職、職業転換、起業などを支える。

これは、現在の仕事や雇用条件が、その人のその後の人生を決定づけてしまう可能性を小さくし、自ら状況を変えようとする人の選択と挑戦を支える制度になります。

3)厚生積立年金保険制度|現役期の所得差と老後生活を切り分ける

現役期の所得や働き方の違いは、老後の所得や資産にも影響します。
現行の公的年金制度では、加入期間や現役時の報酬などが老後の給付に反映され、それまでの就労・所得状況が高齢期の生活条件にも大きく影響します。

シンBI2050では、老後の基礎的な生活保障をLSFが担い、その上で、本人自身の拠出と資産形成に基づく厚生積立年金保険制度を位置付けます。
すべての人の老後生活の基盤と、現役期の所得や本人の選択による上乗せ部分とを分ける。
これによって、現役期の所得格差がそのまま高齢期の最低生活保障の格差となることを避けつつ、個人の努力や選択による違いも認めることができます。

4)厚生住宅保険制度|住まいの違いが生活可能性を決定づけることを防ぐ

住宅は、単なる財産や消費の対象ではなく、生活を営むための基盤です。
所得や資産、地域によって住宅条件に違いがあること自体をなくすことは困難です。

しかし、住宅費負担が過大であるために生活が圧迫される、離婚や失業によって住まいを失う、高齢になって適切な住宅を確保できない、災害によって生活基盤そのものを失うといった問題は、所得・経済格差とも密接に関係します。

厚生住宅保険制度は、住まいを社会保障インフラの一つとして捉え、LSFによる所得面の生活保障と組み合わせながら、住宅に起因する生活上の格差を抑制する役割を担います。
また、地域間の住宅事情、空き家、高齢者住宅、移住・住み替え、災害時の住宅保障などを含めて考えることで、住む場所が人生の選択可能性を過度に決定づけることを減らすことにもつながります。

LSFと改革厚生保険制度を整備しても、すべての人が同じ条件で生活できるわけではありません。
障害、疾病、家族関係、虐待、DV、養育上の問題、社会的孤立など、一人ひとりが抱える事情は異なります。
こうした個別性の高い問題に対しては、普遍的な金銭給付だけでは十分ではありません。
そこで必要になるのが、改革社会福祉制度です。

シンBI2050では、LSFによって基礎的な所得保障を普遍化することで、従来の社会福祉制度が担ってきた「所得不足を補うための選別的な現金給付」の領域をできる限り縮小します。
その一方で、児童、障害者、高齢者、ひとり親、DV被害者など、それぞれの事情に応じて必要となる相談、ケア、保護、伴走、専門的支援などは、むしろ充実させる必要があります。

格差問題という観点から見れば、ここで重要なのは、すべての人を同じ状態にすることではありません。
本人自身では変えることが困難な条件によって、生活上・社会参加上の選択肢が著しく制約される場合に、その不利益を可能な限り小さくすることです。

普遍的なLSFと、個別事情に対応する改革社会福祉制度。
この二つを明確に役割分担させることが、格差問題への対応においても重要になります。

ここまで見てきたLSF生活保障給付、改革厚生保険制度、改革社会福祉制度について、格差問題との関係から役割を整理しておきます。
重要なのは、一つの制度ですべての格差に対応しようとするのではなく、それぞれの制度が担うべき役割を分け、必要に応じて組み合わせることです。

制度・仕組み主に対応する領域格差問題への主な役割
LSF生活保障給付所得・生活基盤すべての人に個人単位の共通生活基盤を保障し、経済格差が人生の選択を決定づける力を弱める
厚生健康保険制度医療・介護・健康疾病や介護必要性が経済的困窮や生活選択の制約へ直結することを抑制
厚生就労保険制度就労・雇用・能力形成失業、転職、学び直し、起業等に伴うリスクを軽減し、再挑戦を支援
厚生積立年金保険制度老後所得・資産形成現役期の所得差が老後の最低生活保障まで決定することを回避
厚生住宅保険制度住宅・居住住居費、失居、災害等が生活基盤を大きく損なうことを抑制
改革社会福祉制度障害、児童、高齢、ひとり親、DV等普遍的給付では対応できない個別事情に、相談・ケア・保護・伴走等で対応

このように整理すると、LSF生活保障給付は格差対策のすべてではなく、社会制度体系の「共通基盤」に位置することが分かります。
そして、健康、仕事、老後、住宅、個別事情について、それぞれ別の制度が役割を担います。
ただし、これらを組み合わせてもなお対応できない格差があります。教育、雇用慣行、税制、家族関係などがそれであり、次節では社会保障制度の外側にある制度改革との関係を考えます。

ここまでLSF、厚生保険制度、改革社会福祉制度について見てきました。
しかし、格差問題のすべてを「社会保障」の領域だけで考えることもできません。

例えば教育格差については、家庭への所得保障だけではなく、教育費、教育機会、学校制度、地域間の教育環境などへの対応が必要です。
仕事格差についても、厚生就労保険による支援だけでなく、雇用慣行、賃金、労働条件、働き方に関する制度のあり方が関係します。
所得・経済格差については、LSFによる給付とともに、所得税をはじめとする税制や、税と厚生保険料を合わせた個人負担のあり方を考えなければなりません。
住宅格差には、厚生住宅保険だけでなく、住宅政策、土地政策、地域政策なども関係します。
そして、ジェンダー格差や家族をめぐる問題では、さらに社会保障制度の範囲を超える課題があります。

結婚、離婚、子どもの養育、養育費、親の責任、婚姻関係の有無によって子どもが受ける影響などは、LSFや社会福祉制度だけで解決できる問題ではありません。
必要であれば、家族関係をめぐる法制度そのものを見直すことも求められます。

シンBI2050は、あらゆる社会問題をLSF一つで解決しようとする構想ではありません。
まず、すべての人に共通する生活保障基盤をLSFによって確立する。
その上で、健康、就労、老後、住宅については改革厚生保険制度を整備し、個別事情については改革社会福祉制度が対応する。

さらに、それだけでは対応できない問題について、税制、教育、雇用、住宅その他の社会制度・法制度を改革する。
こうした社会制度体系全体を通じて、それぞれの格差が人生の重要な局面における選択を決定づける力を小さくし、不利な状況から脱却する可能性を確保する。
「社会制度問題の壁」で提案してきた改革と、「格差問題の壁」との関係は、このように整理することができると考えています。

そして、この関係をより具体的に考えるために、次章では、所得・仕事・家族・教育・ジェンダーなど複数の格差が重なって現れやすい一つの象徴的な問題として、シングルマザーを中心とするひとり親・女性をめぐる問題を取り上げます。

ここまで、所得・経済格差を根底に、教育、仕事、家族、健康、住宅など、さまざまな格差が人生の各局面における選択や可能性に影響することを見てきました。

そして前章では、LSF生活保障給付を共通基盤とし、改革厚生保険制度、改革社会福祉制度、さらに税制、教育、雇用、住宅、法制度などを組み合わせることで、それらの格差が人生を決定づける力を小さくするというシンBI2050の考え方を整理しました。

その具体的な一例として、本章では、シングルマザーを中心とするひとり親家庭の問題を取り上げます。
これは、シングルマザーだけを特別な存在として扱うことが目的ではありません。
ひとり親家庭、とりわけ母子家庭が直面する問題には、所得・経済格差、仕事格差、ジェンダー格差、教育格差、家族をめぐる制度上の問題などが複合して現れます。
また、その影響は親本人だけにとどまらず、子どもの生活、教育、進学、そしてその後の人生にも及びます。

その意味で、シングルマザー・ひとり親問題は、格差が人生のさまざまな局面にどう影響し、それに対してLSFと社会制度改革が何をなし得るのかを考える、一つの象徴的な事例と位置付けることができます。

ひとり親家庭の問題を「所得が低い」という一点だけで捉えることはできません。

離婚、死別、未婚での出産など、それぞれに至る事情は異なります。
しかし、親一人で所得を得ながら、子どもの養育、家事、教育その他の日常生活を担うことになれば、時間的にも経済的にも大きな負担を負うことになります。

とりわけシングルマザーの場合、女性の賃金水準、非正規雇用比率、出産・育児等による就労中断、再就職時の条件など、従来から存在する仕事・ジェンダー上の問題が重なります。

所得が少ないため長時間働かなければならない。
しかし、長時間働けば子どもと過ごす時間が減る。子育てのため働く時間を減らせば所得が減る。
より条件のよい仕事に移りたくても、学び直しや資格取得に必要な時間と費用を確保できない。
こうした問題は、一つひとつを切り離して考えることができません。

さらに、親の経済状態は子どもの生活にも影響します。
住まい、食生活、学習環境、学校外教育、進学など、家庭の所得や生活状況によって、子どもが得ることのできる機会に違いが生じます。
子ども自身には、親を選ぶことも、その家族が置かれた経済状況を変えることもできません。
親の離婚や婚姻状態、所得、働き方などによって、子どものその後の人生の選択まで大きく左右されるとすれば、これは本人の努力だけに委ねることのできない格差問題です。

ここには、第2章で整理した「自分自身の力や意思では変えることが難しい要因・条件」が、非常に分かりやすい形で現れています。

ひとり親家庭の問題が、単なる所得不足の問題ではないことは、ここまで見てきたとおりです。
シングルマザーを中心とするひとり親家庭では、複数の格差要因が同時に現れ、それぞれが親本人と子どもの生活や将来の選択に影響します。
主な関係を整理すると、次のようになります。

格差・問題領域ひとり親家庭で現れ得る問題必要となる主な対応
所得・経済格差単独所得、生活費不足、教育費負担LSF生活保障給付
仕事・雇用格差非正規雇用、低賃金、育児との両立、再就職厚生就労保険+雇用制度改革
教育格差家庭所得による学習・進学機会の違い子どものLSF+教育制度改革
住宅格差家賃負担、離婚時の住居確保LSF+厚生住宅保険・住宅政策
ジェンダー格差賃金、育児・家事負担、経済的依存個人単位保障+雇用・家族制度改革
家族・法制度上の問題養育費、親の養育責任、婚姻関係と子どもの権利家族関係をめぐる法制度改革
個別生活上の問題DV、虐待、孤立、相談・ケアの必要改革社会福祉制度

この表からも分かるように、ひとり親家庭の問題をLSFだけで解決することはできません。
一方で、LSFによって親と子どもの生活保障基盤をあらかじめ確立すれば、所得不足を理由として生じていた問題の相当部分について、その前提条件を変えることができます。
その上で、就労、教育、住宅、社会福祉、家族法など、それぞれ固有の制度課題に取り組むことが必要になります。

現在、ひとり親家庭に対しては、児童扶養手当をはじめとする現金給付、母子父子寡婦福祉資金貸付金、就業支援、資格取得支援、相談支援など、複数の制度が設けられています。
ここで重要なのは、これら既存制度をすべてそのまま残すか、すべてLSFに置き換えるか、という二者択一ではありません。
LSF導入後には、何を普遍的な生活保障に移し、何を個別支援として残す必要があるのかという観点から、制度を再整理する必要があります。

1)選別的な現金給付から個人単位の普遍的生活保障へ

児童扶養手当をはじめとする現金給付は、現在、所得要件や家族状況など一定の条件に基づいて支給されています。
これに対してLSFでは、親である本人にも、子どもにも、それぞれ個人単位で生活保障給付を行います。

離婚したから給付されるのでも、低所得になったから給付されるのでもありません。
・婚姻しているか、していないか。
・ひとり親か、ふたり親か。
・親の所得がいくらか。
そうした条件とは切り離して、すべての人に共通の生活保障基盤を設定します。

この原則が確立すれば、現在のひとり親世帯を対象とする選別的現金給付の相当部分について、その必要性や制度上の役割を根本から見直すことができます。
同時に、「支援を受けるために一定の所得以下でいなければならない」「所得が増えると給付が減る」といった仕組みからも離れることができます。

2)貸付制度から生活保障・教育保障への転換

母子父子寡婦福祉資金貸付金には、子どもの修学や就学準備をはじめ、親の技能習得、就職準備、住宅、生活などを目的とした多くの貸付メニューがあります。
しかし、生活が困難な家庭に対して、その困難を乗り越えるための資金を「貸す」ことが、最も適切な制度なのかという問題があります。
とりわけ子どもの教育について、親の所得不足を理由として借金をしなければ進学できない仕組みを当然のものとしてよいのか。

これは教育格差との関係からも検討する必要があります。
LSFによって親と子どもの双方に生活保障基盤が確保され、さらに教育制度そのものにおける費用負担のあり方を改革すれば、現在の細分化された貸付制度の多くを縮小・再編できる可能性があります。

一方、特殊な事情によって一時的に大きな資金需要が生じる場合など、貸付という仕組み自体が必要な領域まで否定するものではありません。
重要なのは、「困窮しているから貸す」という制度から、「生活基盤はあらかじめ保障し、それを超える個別の必要に応じて支援する」という考え方への転換です。

3)LSFでは代替できない相談・就業・伴走支援

一方、現行制度の中にも、LSF導入後にむしろ重要性を増すものがあります。
就職や転職、資格取得への支援、子育てと仕事を両立するための相談、DVや家族問題への対応、生活上のさまざまな困難への相談・伴走支援などです。
現金を給付すれば、これらが不要になるわけではありません。

むしろ、基礎的な所得保障をLSFに移すことによって、改革社会福祉制度は「お金が足りない人を選別して給付する」という役割から離れ、一人ひとりが抱える具体的な問題への専門的支援に、より力を集中できるようになります。
これは、社会福祉制度改革でこれまで提案してきた基本的な方向とも一致します。

それでは、LSF生活保障給付が導入されれば、ひとり親家庭の生活はどのように変わるでしょうか。
最も基本的な変化は、離婚や家族関係の変化によって、本人自身の生活保障基盤が失われないことです。

婚姻中には配偶者の所得に依存して生活していた人であっても、LSFは本人自身に給付されています。
離婚した翌日から突然、無所得の状態から生活を組み立て直す必要はありません。

子どもについても同様です。
子ども自身にも個人単位でLSFが保障されていれば、親の婚姻状態や所得変化によって、子どもの生活保障そのものが失われることはありません。

これは、離婚を促すための制度でも、婚姻を否定する制度でもありません。
結婚を続けるか、離婚するかという極めて個人的な選択が、「経済的に生活できるかどうか」だけによって決定づけられることを、できる限り避けるための生活基盤です。

また、就労との関係も変わります。
現行の選別的な給付では、所得が増えると給付が減額・停止される場合があります。
LSFが所得とは別に保障されれば、働いて得た所得は、それとは別に自ら得た所得として積み上げることができます。
・働く時間を増やす。
・より条件のよい仕事へ移る。
・資格を取得する。
・学び直す。
・起業する。
そうした選択を、給付を失うことへの不安とは切り離して考えることができます。

もちろん、これによってひとり親家庭の問題がすべて解決するわけではありません。
保育、教育、住宅、雇用、健康、家族関係など、それぞれについて必要な制度が存在します。
しかし、経済的な生活基盤が個人単位で保障されることによって、それらの問題に向き合うための出発条件は大きく変わります。

LSFは、シングルマザーを「救済されるべき特別な対象」として位置付ける制度ではありません。
誰もが同じ生活保障基盤を持つ社会をつくることによって、結果として、ひとり親となったことが直ちに経済的困窮へ結びつく可能性を小さくする制度なのです。

ここまで見ると、LSFがひとり親家庭の経済基盤に大きく寄与することは明らかです。
しかし、この問題を考えるほど、同時に明らかになることがあります。

お金だけでは解決できない問題がある、ということです。
これは、シンBI2050の限界というより、LSFと他の社会制度との役割を明確にするために、避けて通ることのできない問題です。

1)養育費は「福祉」ではなく親の養育責任の問題

離婚後のひとり親家庭、とりわけ母子家庭の経済問題を考える場合、養育費の問題があります。
ここで注意しなければならないのは、LSFによって子どもの生活保障が行われるからといって、もう一方の親の養育責任がなくなるわけではないことです。
子どもの生活を社会が保障することと、親が自らの子どもを養育する責任を負うことは、別の問題です。

LSFを、養育費を支払うべき親の責任を国が肩代わりする制度にする、ということでは決してありません。
養育費の取り決め、履行、未払いへの対応などについては、社会福祉政策だけでなく、家族関係をめぐる法制度として実効性のある仕組みを整える必要があります。
負担義務者に対する法的強制力を一層強化するなどの改定が不可欠と言えます。

ここには、LSFとは別の法制度改革の課題があります。

2)親の婚姻関係に左右されない子どもの生活と権利

さらに重要なのは、子どもの立場です。
子どもは、自分がどのような家族関係の下に生まれるかを選ぶことができません。

両親が婚姻しているか、離婚しているか、婚姻していないかという事情は、子ども自身の責任とは何の関係もありません。
したがって、親の婚姻関係や家族形態によって、子どもの生活保障や将来の可能性に不利益が生じることは、可能な限り避けなければなりません。

LSFが子どもにも個人単位で保障されることには、この点でも意味があります。
しかし、経済的保障だけでは十分ではありません。

婚姻外で生まれた子どもを含め、親子関係、養育責任、相続その他の法的関係において不合理な不利益が残っているのであれば、それは社会保障制度ではなく、法制度そのものの問題として検討する必要があります。
ここでも、「困っている子どもを福祉で支援する」という発想だけでは不十分です。

子ども自身の生活と権利を、親の婚姻関係とは切り離して考える必要があります。
法規制と法執行組織、双方の整備と強化が、社会的に、公的に求められ、シン化していく必要があります。

3)ジェンダー格差を「女性への給付」だけで解決しない

シングルマザー問題を女性への経済支援だけで捉えることにも限界があります。
女性の所得が低い背景には、賃金、雇用形態、出産・育児による就労中断、家事・育児・介護負担など、仕事と家族の双方に関係する問題があります。
離婚後の困窮だけを支援しても、その前段階に存在するこうした問題が変わらなければ、同じ問題は繰り返されます。

LSFは、女性にも男性にも個人単位で同じ生活保障基盤を提供します。
その意味で、配偶者への経済的依存を前提としない社会の基盤をつくることができます。

しかし、それだけで男女の賃金差や家事・育児負担、雇用慣行などがなくなるわけではありません。
必要な領域では、雇用制度、働き方、保育・子育て制度、家族法制など、それぞれの制度そのものを改革する必要があります。

ジェンダー格差に対するシンBI2050の役割も、すべてをLSFで解決することではなく、まず個人としての経済的基盤を保障し、その上で、格差を生み出す、あるいは人生の選択を大きく左右する制度上の問題を一つずつ改めていくことにあります。

現行制度では、ひとり親、低所得、障害、高齢、失業など、それぞれの条件に該当した人を制度の対象として認定し、必要な給付や支援を行う仕組みが中心です。
もちろん、個別事情に応じた支援は今後も必要です。
しかし、生活を維持するための基礎的な所得保障まで、特定の属性や困窮状態に該当することを条件とする必要があるのか。

シンBI2050は、ここから考え方を転換します。
親である前に一人の個人として、女性である前に一人の個人として、婚姻しているか否かにかかわらず一人の個人として、すべての人が共通の生活保障基盤を持つ。
子どもも、親がどのような所得、職業、婚姻関係にあるかとは別に、一人の個人として生活保障基盤を持つ。

その上で、それぞれの人が抱える個別の事情について、改革社会福祉制度その他の制度が支える。
そして、社会福祉制度では解決できない養育責任、雇用、教育、家族関係等の問題については、それぞれ必要な制度・法制度を改革する。

こうした社会であれば、「シングルマザーだから困窮する」「ひとり親家庭に生まれたから教育機会が制約される」という関係を、少なくとも現在より大きく弱めることは可能でしょう。

もちろん、シングルマザーもひとり親家庭も、それぞれ事情が異なります。
すべてを一つの「弱者像」で括るべきでもありません。

LSFが目指す普遍性とは、誰もが同じ生き方をすることでも、同じ結果を得ることでもありません。
一人ひとりがどのような家族形態や働き方、生き方を選択したとしても、生活の基盤そのものを失わず、その選択によって生じる困難に対して必要な制度を利用できる社会基盤を整えることです。

シングルマザー・ひとり親問題を一つの事例として考えると、格差問題に対するシンBI2050の可能性と同時に、その限界も見えてきます。
LSFだけでは、格差問題をすべて解決できません。
しかし、LSFによってすべての人に共通の生活基盤を保障し、改革厚生保険制度、改革社会福祉制度、そして必要な社会制度・法制度を組み合わせることによって、格差がその人や子どもの人生を決定づける力を小さくしていくことはできる。
それが、格差問題の超克に向けてシンBI2050が果たし得る役割の一つであると考えます。

次章では、ここまでの考察を総括し、格差そのものを完全になくすことが困難な社会において、シンBI2050がどのような社会を目指すのかを整理します。

ここまで、シンBI2050の原点であるBP(ベーシック・ペンション)構想に遡り、格差・貧困・不平等への問題意識を確認した上で、所得・経済格差を根底とするさまざまな格差、人生の各局面で選択を左右する格差要因、そして社会制度との関係について考えてきました。

また、シングルマザー・ひとり親問題を一つの象徴的な事例として取り上げ、LSF生活保障給付だけでは格差問題のすべてを解決できず、改革厚生保険制度、改革社会福祉制度、さらに税制、教育、雇用、住宅、家族関係をめぐる法制度などを組み合わせる必要があることも確認しました。

格差問題は、簡単に「なくせる」と言える問題ではありません。
人それぞれの能力、努力、経験、価値観、選択、行動、置かれた環境、そして偶然や幸運まで異なる以上、社会に生じるあらゆる違いをなくすことは現実的ではありません。
しかし、それは格差問題を放置してよいことを意味するものでもありません。
格差のない社会が一つの理想であることを否定する必要もありません。

重要なのは、どのような格差が社会問題として深刻なのか、その格差が人生にどのような影響を及ぼすのか、そして社会制度によってどこまでその影響を小さくできるのかを、現実的に考えることです。

格差問題を考える際、本稿で繰り返し重視してきたのは、単に人と人との間に「差」があることではありません。
問題となるのは、その差が、人生の重要な局面における選択や可能性を大きく制約し、その後の人生を決定づけるほどの影響を持つことです。

出生する家庭は選べません。
子どもの時点で親の所得や資産を変えることもできません。
疾病や障害、突然の失業、家族関係の変化、災害など、自分自身の意思や努力では避けられない出来事もあります。

こうした条件によって、その後の教育、就労、所得、家族形成、住宅、健康、老後などまで大きく左右されるのであれば、社会制度には、その影響を小さくする役割があります。

LSF生活保障給付は、そのための共通基盤になります。
すべての国民に、個人ごとに、所得、就労、家族構成などに左右されない生活保障基盤を用意する。
これによって、家庭環境や所得の違い、失業や離婚などが、直ちに生活基盤そのものの喪失につながることを防ぐことができます。
また、健康、就労、老後、住宅などについては改革厚生保険制度が、障害、児童、ひとり親、DVその他の個別事情については改革社会福祉制度が役割を担います。
さらに、教育、雇用、税制、住宅、家族関係など、社会保障制度だけでは対応できない問題については、それぞれ必要な社会制度・法制度を改革する必要があります。

格差を完全になくすことが難しくても、格差が人生を決定づける力を小さくすることはできる。
それが、シンBI2050における格差問題への基本的な向き合い方です。

格差問題への対応は、困難な状況に置かれた人を支えることだけではありません。
現在置かれている状況を、自分自身の意思や努力によって変えようとする人が、その可能性を持ち続けられることも重要です。

・学び直す。
・転職する。
・新しい仕事に挑戦する。
・起業する。
・住む場所を変える。
・結婚する。
・結婚しない。
・離婚する。
・子どもを持つ。
・子どもを育てる。
・働く時間を変える。
・人生の途中で方向を変える。

こうした選択には、多くの場合、経済的な余力が必要です。
現在の生活を維持するだけで精一杯であれば、たとえ本人に意思や能力があっても、新しい選択に踏み出すことが難しくなります。
LSF生活保障給付は、そうした挑戦の結果を保証する制度ではありません。
努力すれば必ず成功することを約束する制度でもありません。
しかし、挑戦する前に「失敗すれば生活できなくなる」という理由だけで選択肢を諦めなければならない状況を減らすことはできます。
また、厚生就労保険制度による学び直し、職業能力開発、転職、起業などの支援を組み合わせることで、自ら状況を変えようとする人の選択可能性をさらに高めることができます。

本人では変えることが難しい条件については、公的制度によって支える。
本人自身が変えようとすることのできる条件については、その意思と行動を支える。
この二つは対立する考え方ではありません。
どちらも、格差によって人生の可能性があらかじめ狭められることを避けるために必要なものです。

シンBI2050が目指すのは、すべての人を同じ結果に到達させる社会ではありません。
一人ひとりが異なる人生を選びながら、その途中で困難に直面したときにも、生活の基盤を失わず、必要であれば方向を変え、再び挑戦できる社会です。

ここで改めて、本稿のテーマである「格差問題の壁を超克する」とは何かを考えてみたいと思います。
格差を完全になくすことをもって「超克」とするならば、その実現は極めて困難でしょう。
所得、資産、能力、職業、生活様式など、人と人との間には今後もさまざまな違いが存在します。

しかし、格差そのものをなくすことだけが、格差問題への対策ではありません。
第一に、所得・経済格差が、貧困・困窮へ直結することを抑止する。
第二に、出生、家庭環境、性別、障害、疾病、地域、家族関係など、本人自身では変えることが難しい条件が、その後の人生を決定づける力を小さくする。
第三に、本人が自ら状況を変えようとするとき、その挑戦を生活不安によって断念せずに済む基盤をつくる。
第四に、LSFだけでは対応できない問題について、厚生保険制度、改革社会福祉制度、税制、教育、雇用、住宅、家族法その他の制度改革を組み合わせる。
そして第五に、格差によって一度不利な状況に置かれたとしても、そこから脱却する可能性を失わない社会をつくる。

これらを積み重ねることが、シンBI2050による格差問題の「超克」に近づくことだと考えます。
それは、格差という言葉そのものを社会から消すことではありません。
所得格差も、教育格差も、仕事格差も、ジェンダー格差も、将来まったく語られなくなるとは考えにくいでしょう。

しかし、その格差によって、人の人生が初めから決められてしまう社会である必要はありません。
貧困に陥ったら抜け出せない。
親の所得が低ければ子どもの可能性まで狭められる。
病気になれば仕事と所得を同時に失う。
離婚すれば経済的に自立できない。
老後の生活が現役時代の所得だけで決まる。

こうした関係を、一つずつ弱めていくことは可能です。
その基盤となるのが、包摂的かつ普遍的なLife Security Foundation(LSF)生活保障給付です。
そして、その上に改革厚生保険制度、改革社会福祉制度、税制その他の社会制度改革を体系的に組み合わせる。

シンBI2050は、単なる現金給付制度としてのBIではなく、こうした社会制度全体の再設計を通じて、すべての人が生涯にわたり共通の生活基盤を持つ社会を構想しています。

格差のない社会を理想として思い描きながらも、格差の存在そのものだけを問題視するのではなく、その格差が人の人生にどのような影響を与えるかを見極める。
そして、その影響を制度によって可能な限り抑止・抑制・回避し、不利な状況から脱却する可能性と、自ら選択し挑戦する可能性を誰もが持ち続けることのできる社会をつくる。
これが、「格差問題の壁」に対してシンBI2050が提示する一つの答えです。

もちろん、これで格差問題に関する議論が終わるわけではありません。
むしろ、社会や経済、人口構造、技術、働き方が変化すれば、新たな格差が生まれ、既存の格差の意味も変化していくでしょう。
だからこそ、制度も一度設計して終わりではなく、その変化に応じて不断に見直していく必要があります。

次稿では、後半4つの壁の第2テーマとして「人口構造問題の壁」に進みます。
少子化、高齢化、人口減少、単身化など、日本社会の人口構造そのものの変化に対して、シンBI2050がどのような役割を果たし得るのか。
格差問題とも密接に関係するその課題について、引き続き考えていきたいと思います。