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NOTE

日経経済教室2022年3月掲載「社会保障 次のビジョン」から考えるベーシック・ペンション

はじめに

当サイトの主要課題の一つ「BI実現の壁超克シリーズ」。
「財源・財政問題の壁」「マクロ経済問題の壁」と進み、これから、3つ目・4つ目の壁「社会制度問題の壁」「労働・社会観の壁」に入ります。
その取り組みに備えることもあり、旧サイト・https://basicpension.jp の記事の中から、<社会保障制度>関連シリーズ記事を、一つの記事にまとめる作業を行っています。

本稿は、2022年3月に、日経の経済教室に掲載された「社会保障 次のビジョン」というテーマでの3回シリーズの記事を参考にして考察した3つの記事を、1記事にまとめたものです。

旧Webサイト「ベーシック・ペンション」(https://basicpension.jpにおいてシリーズ形式で掲載した記事を、アーカイブとして、重複を整理しつつ統合した“改訂統合版”です。
旧記事は、内容の重複を避けるため、順次、非公開化/リダイレクト/canonical設定などにより整理し、検索エンジン上でも重複を残さない運用を行います

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2022年3月上旬、日経<経済教室>欄で、「社会保障 次のビジョン」というテーマで、3人の学者による小論が連載されました。
順にその内容を取り上げ、当サイト提案の日本独自のベーシックインカム、ベーシック・ペンションの必要性・有効性と結びつけて考えてみたいと思います。

第1回は、香取照幸上智大学教授による「経済・財政と一体的改革を」と題した小論です。
⇒ 社会保障 次のビジョン(上) 経済・財政と一体的改革を: 日本経済新聞 (nikkei.com)

少子高齢化が進み経済が停滞するなか、雇用の不安定化格差・貧困の拡大により社会の分断が進んでいる。国家財政は毎年度の歳入の約4割を赤字国債に依存し、累積した財政赤字は国内総生産(GDP)の2倍に達する。

こうした書き出しで始まり、

国家財政の持続可能性が維持できなければ、社会保障の機能の持続性も確保できない。
社会保障は経済成長の果実の分配だから経済成長がなければ社会保障の財源も確保できない。
他方で社会保障が機能不全を起こせば経済活動は萎縮し、国民生活はリスクにさらされ社会は不安定化する。

こう続けて、同小論の基本認識を示しています。
少子高齢化、経済の停滞、雇用の不安定化、格差・貧困の拡大、社会の分断。
もうここ10年以上にわたって見聞きするキーワードが列記され、簡潔に現在そして当分続くであろう日本の問題を表しています。
そして、赤字国債依存、累積財政赤字、その規模としてのGDP比。
これが、次の<社会保障>財源問題の同氏のみならず、多くの政党政治家、財務省等、学者の共通する認識として結論付けられます。
曰く。

社会保障は経済成長の果実の分配ゆえ、経済成長がなければ社会保障財源も確保できない。

と。
果たして、社会保障は経済成長の果実の分配なのか。
とすると、経済成長がなければ、社会保障制度の向上・充実はありえないことになる。
まずその認識自体が問題であり、そこから脱却しない限り、結局何も変わらないのではないか。
現に、10年以上にわたって指摘されて、警鐘が鳴らされてきた上記の問題は、改善・解決どころか、悪化する一方ではなかったか。

この最も常識的に聞こえ、常識として述べられる考え方は、結局、
・労働生産性を向上させるべき
・少子化に歯止めをかけ、労働力人口をふやすべく対策を取るべき
・社会保障・福祉の利用で受益する高齢者等の保険料や自己負担を引き上げるべき
という、やはり一般的らしき、紋切り型の答えしか導きだせてこなかったのではないでしょうか。
せいぜい、所得再分配をより進める、という方策を取りうるのでしょうが、それとても結局、広義の経済活動の成果、個人・法人レベルの資本所得・金融所得で得た国家財政収入で賄うことに依存するのでしょう。
人口減少・高齢化社会において労働生産性を高めるには、多くの場合、極力原材料を必要としない、かつ労働力を必要最小限とする産業・事業に傾斜する必要があります。
科学技術、IT、AI等によるイノベーションがそれを可能にするということでしょう。
しかし、仮にそうした成果が上がったとしても、それが働く人々の賃金の引き上げや法人所得税として国や自治体の歳入に入ってこない限り、社会保障財源の確保・増加に直結しないことは明らかです。
結局、経済成長がなかったから、という結論でストップしてしまう。

では、香取教授は、この状態からどう脱却しようというのか。
こう続けています。

社会経済の問題を解決し社会保障の機能と持続可能性をいかに確保するか。財政と社会保障、経済と社会保障は相互に連関している。一体的に改革する必要がある。

こうした断定からは、人々が将来に希望を持つことができる政策は出てこないこと、これまでの議論では出てこなかったことをしっかりと認識すべきでしょう。

まず2040年の社会保障の姿を展望してみよう。社会保障給付の規模は実額ではなくGDP比で考えなければならない。

従い、こうしたGDP比論も、GDP自体の算出方法への疑問と併せて、再考が必要でしょう。
そもそも、同氏のGDP比論自体も、説得力を持ち得ていません。

2040年度の社会保障給付費のGDP比は約24%で、2015年度の1.1倍。
2000年度から2015年度にかけての1.5倍増との比較では、2040年度までのGDP比の伸びは低下。後期高齢者が1.37倍増を考慮すれば、むしろ抑制されているといっていい
総人口減少、医療・介護・年金等社会保障全体を通じて中長期的に効果が持続する構造的な適正化対策、特に給付額を抑制する「マクロ経済スライド」導入などの年金改革の効果により年金のGDP比が下がることが寄与する。
公的年金のGDP比は長期的に安定し、むしろ下がっていく。国民経済との関係では、マクロの公的年金制度を巡る大ぶりの改革の必要性は乏しい。

要するに、先々高齢者個々人が受け取る年金が抑制されることをよしとする社会保障政策なのです。
もちろん、そのプロセスにおける介護保険料を含む社会保険料の増額や、自己負担の増額についての影響などここでは配慮していません。
すなわち、経済成長を目論みつつも、保障の方は段々悪くなる。
そもそも問題があるGDP自体の予測値はどのようにして設定し、どの程度の確度・精度があるものかも不透明です。

次に格差や貧困問題についての考察・提案が続きます。

今後さらに少子化も高齢化も進む、避けられない人口減少の中で経済や財政と整合性のとれる社会保障の構築が必要だ。
だが格差・貧困が拡大し社会の分断が進むなか、社会保障に求められる機能・役割はむしろ拡大している
社会保障を通じた適切な分配を進めることは、安定した中間層の形成、格差拡大の抑制、消費(需要)の下支えなどを通じて、社会の安定と経済の持続的成長の可能性を高める
経済・財政・社会保障の相互依存関係を理解し分配と成長の連立方程式を成立させる解が必要なのだ。

やはり、中間層の形成、格差拡大の抑制、消費の下支え、そして経済の持続的成長と連なり、経済・財政・社会保障の一体化による分配と成長政策、と現内閣標榜の新しい資本主義の実現でそれが可能となります。
しかし現実は、いわずもがな、です。

ではその成長も可能とする「社会保障を通じた適切な分配」方法を示してもらいましょう。

課題は、引退期の所得保障という公的年金の機能を維持するための「ミクロの給付水準の確保」にある。
その方策は14年改正の議論で、公的年金では、支え手の拡大(少子化対策、非正規労働者への厚生年金適用拡大)、寿命の伸長に合わせた就労期間(=加入期間)の延長、受給開始年齢の選択制導入、そして公的年金を補完する私的年金の拡充と提起。

やはり、段々悪くなる社会保障制度であり、社会政策・経済政策です。

国民の医療介護ニーズに的確かつ効率的に応え最適のサービスを最適のコストで提供」は、簡単に可能な最適解か

次に、医療及び介護政策について。

さらなる高齢化の進行、特に後期高齢者の増大、そして医療技術の進歩(医療の高度化)により寿命が伸び、医療・介護費のGDP比は引き続き増大し、生涯医療・介護費は増大。
医療や介護は「実需=実体ニーズ」であり、このトレンドは不変とする。
ゆえに、制限医療や混合医療の導入は問題の解にならない。公的医療介護費は減っても、社会全体での医療介護コストは減らない

そう。
社会全体で、当面医療介護コストは、絶対に減りません。
そこで必要なのは、こうだとしています。

超長寿社会の医療・介護政策には、限られた人的・物的資源でニーズを効率的に賄う改革、「提供体制改革」への発想の転換が必要とする。
限りある人的・物的資源の効率的利用等、思い切った「選択と集中」が必要である。

「選択と集中」。
これも耳タコ用語。
その方法の選択を誤まると大変です。
現に、コロナ禍で、これまでの医療体制の合理化・効率化がマイナスに働いたことが指摘されました。

具体的には、疾病構造・患者像の変化に合わせて
病院機能分化を徹底により、急性期病院への資源の集中投入で早期治療・入院期間を短縮
退院後は地域医療・在宅介護で支える
治療から生活支援、施設から在宅、医療から介護、病院・施設から地域・在宅へと、医療介護全体の人的物的資源を大きくシフトし、地域完結・ネットワーク型の提供体制、地域包括ケアを構築する。
地味で息の長い改革だが、方向感を間違えることなく、着実に進めていくことが必要だ。

治療から生活支援、施設から在宅、医療から介護、病院・施設から地域・在宅、それによる地域完結・ネットワーク、地域包括ケアの構築。
これも従来言われ続け、取り組みが継続されてきているはずの政策。
筆者いわく、「地味で息の長い改革」で「着実に進めて」いく必要があることは明らかだが、エッセンシャル・ワーカーの労働条件・環境の悪さ、そこからくる人材不足などの抜本的対策は用意されているのか。
また、一体いつ頃までにどの状態にもっていけるのか、行くのか、国及び地方自治体レベル双方での総合的な中長短期の工程表が必要だが、果たしてそれを示しうるのか。
そもそも、治療から生活支援、施設から在宅などと簡単にいうが、結局それは家族の負担を一層強いることになるのは目に見えているし、加えて単身世帯の増加で、家族を資源とすること自体不可能になってきているのだが。

最も重要な課題の一つの考察に入ってきました。

少子化は静かなる有事
経済政策・社会政策等すべての政策局面で、避けがたい人口減少のトレンドを前提とした発想の転換、施策の組み立て直しを必要とする。
人口減少のトレンドを変えることはもはや極めて困難であり、2025年以降、人口減少の波は高齢世代にも及び、総人口の減少は加速。特に生産年齢人口は大きく減少する。
仮に、出生率が劇的に改善しても、子どもが成長し実際に労働市場に参加してくるのは20年後であり、2040年ごろまでは新たな支え手の数は決まっている。
しかし、これから生まれてくる子どもの数を回復させる努力をすれば、40年以降の労働力の急速な減少に歯止めをかけられる。

問題は、その努力、しかも成果が期待できる方法・方策ですが、どんなものでしょう。

香取氏は、日本の社会経済の持続可能化には、以下の2つの戦略の同時実施が必要としています。

1)2040年までを念頭に置いた「少子化対応=労働力率向上戦略」
2)2040年以降のための「少子化克服=出生率回復戦略」

1)は、今いる現役世代の労働力率の向上、労働力の量と質を確保するための施策
2)は、1)を実施しつつ、同時に積極的に出生率(出生数)の回復を可能にする施策

長期間を必要とする課題と認識することは必須ですが、問題は、具体的に2040年までに何に取り組むかです。
その解、実現の鍵として、以下を挙げています。

1)働き方改革と両立支援
2)家族形成支援としての「育児の社会化=包括的子育て支援制度の創設」
加えて、そのためには、「産業界・企業が果たすべき責任・役割は極めて重要になる」とも。

しかし、それは比較的恵まれた企業でのみ期待でき、対応できるものであり、中小零細企業の多くの非正規雇用者や共働き世帯には、望み得ないことでしょう。
また具体的な施策の大半は、地方自治体に丸投げされることも懸念されます。
加えて、就労機会を失っている人や経済的不安から結婚することさえ難しいと考える人々にとっては、無縁の話。
育児の「社会化」という口当たりのよい表現も、「社会」が意味する範囲や内容により、実態が大きく変わり、その社会から排除される人々が多いことは、これまでの社会政策・経済政策から容易に想像できることに注意が必要です。
「包括的」という意味も同様です。
自治体ごとの格差が発生する可能性も大きいでしょう。

日本の家族関係給付は社会保障給付全体の7%、GDP比で2%弱
多様な家族支援施策を継続的に展開し出生率の回復を実現したフランスやスウェーデンの半分の水準。
「多様」ということばの便利さ、都合の良さで済む話ではまったくありません。
家族関係給付の低さも、常套文句。
使い方・使われ方の問題があり、やはり関連する個々の制度の在り方を取り上げていく必要があります。
現役世代を支援する施策は、将来の日本を支えるための「未来への投資」と、これも最近よく用いられる耳に心地よいフレーズ。

社会保障・税一体改革による消費税の社会保障目的税化で、少子化を使途目的に加えて最優先で充当したのは、まさにこのための安定財源を確保する狙いだったことを想起してほしい。

想起するのはたやすいが、では具体的にどのようにして、どの程度の規模・財源を家族支援施策に投じるべきなのか、明確に示すべきだろう。
消費増税で対応せよと言いたいのか、それとも究極の所得の再分配で臨めというのか。
フランスなどがとった多様な少子化対策に有効な政策、家族支援施策とは、どういうもので、どれだけの投資でそれが可能になったのか。
それらは日本でも有効なのか。
こうした成功とされる背景にある社会構造や認識・文化の違いをどこまで認識できているか。
日本の諸事情・背景の違いに何があり、そのための異なるどんな政策が必要と考えられるか。
その具体策と投資額を示さずに、肝心なそこは丸投げして総論提起で終わってしまうことも、やはり常套手段としているのでしょうか。

不十分な丸投げ提案で終わらざるを得ないのは、紙面に限りがあるからだけではないでしょう。
本小論のような内容は、これまでも提起・提案されてきたものであり、大差はありません。
いわば共通認識論として確認するレベルだけのもの。
その内容と成果への結びつきには、なんの保障・保証・補償もありません。
みんなちょろちょろ、なにかやっている感。
それで時間がどんどん過ぎていき、だんだん良くなるどころか、だんだん悪くなっていく。
なんとなく見えているシナリオと思えます。
デジャブでもあります。

結局、見える形での確実な変革方法は、ベーシック・ペンションを軸とした社会保障制度改革からスタートすることが、現状の選択肢としての最適解である。
そう提案・提言したいと思うのです。
すべての国民に、無条件で、平等に給付する生活基礎年金としてのベーシックインカム。
故に、世代間の負担の不公平・不満を解消する全世代型社会保障制度であり、生まれてから死ぬまでの生涯保障制度であるベーシック・ペンション、生活基礎年金制度。
乗り超えるべき課題は多いですが、まさに地道に、息長く取り組み、だんだん良くなる社会と生活の道筋と方法を示すことができるベーシック・ペンション。
その理解に務める必要を、再確認しています。



今回の第2回目は、これまでも何回か取り上げている、鈴木亘学習院大学教授による「非常時対応、既存制度改革で」と題した、以下の小論が対象です。
⇒ 非常時対応、既存制度改革で 社会保障 次のビジョン: 日本経済新聞 (nikkei.com)

新型コロナウイルス感染症によるパンデミックや、大規模災害や地域紛争のリスクへの対応・対策で余儀なくされている多額の財政出動。
こうした財政規律維持に反する経済財政政策に対して、通常時はもちろん、非常時においても批判的に見ている鈴木氏。
いわゆる新自由主義的学者と見られ、リベラルには評判が悪いのですが、私は、それなりに評価をしています。
もちろん、基本としている<財政規律主義>への盲目的な傾斜には私は反対しており、鈴木氏の論理でいくと、税と保険料徴収範囲内での社会保障制度は、ゼロサム、マイナスサム条件における、高齢者の自己負担増大化と、ワークフェアを基本とする自助努力主義に帰結するのです。
その体でいくと当然、財政の現実数値を持ち出すわけで、以下示しています。

問題は今後もショックが起きるたびに、今回のような大規模な財政出動を繰り返すのかということだ。コロナ前の国の一般会計歳出額は年間100兆円前後で推移。
これが、2020年度の3回の補正予算を含む歳出額は175.7兆円、2021年末成立補正予算を含む同年度の歳出額は142.5兆円と、空前の規模に。
高齢化による社会保障費増が続くなか、こうした大盤振る舞いを何度も続けていては、いずれ日本の財政は立ちいかなくなる。

ということで、当小論のテーマである、「ウィズコロナにふさわしい効率的な経済対策を検討し、現在の「非常時体制」から脱する」方策について、展開されます。
概要を示し、若干考えるところを書き留めることにします。

コロナ禍で賄われた、生活支援の給付金、雇用対策、休業支援、弱者・貧困対策、医療・介護の補助金などは、広義の社会保障
本来の社会保障においては、失業給付や生活保護などのセーフティーネットが優先して活用されるべきだが、現金給付、特例措置などの新施策が創設され、既存制度がフル動員されてはいない。

こういう認識を踏まえて、最も力点を置いているのが「雇用調整助成金」をめぐる問題と改善策です。
以下、見ていくことにします。

これを利用するため、多くの企業は、解雇ではなく休業を選択。
雇用調整助成金は、特例措置と期限延長で、2月11日までの累計額5.3兆円超。
そのための安定資金残高は2020年度中に枯渇。失業給付等積立金からの借入総額2022年度に3.1兆円に。その積立金残高は2022年度中にほぼ底をつく見込みで、雇用保険は財政破綻寸前。
ということで、早速雇用保険料の引き上げが検討・予定されている。
一方参考までに。
・直近(21年12月)の失業給付受給者数はコロナ前(19年12月)比5.8%増止まり
・求職者支援制度の2021年度利用者数、20年度比12.9%増で低調

雇用調整助成金を巡るその他の問題
1)失業給付と休業手当の待遇格差:解雇失業者の1人1日当たりの給付上限額8265円。雇用調整助成金の上限額1万5千円とその差大
2)給付期間の格差:特例措置期限満了時の休業者解雇時、改めて失業給付支給。現在の休業者は休業手当・失業給付両方受領により救済期間は既解雇失業者より長期で不公平
3)企業にとって休業のコストが低く、安易に休業に頼るモラルハザードが生み出されており、ゾンビ企業を無駄に生き永らえさせている可能性
4)ゾンビ企業にいる休業者たちも早々に見切りを付けて成長企業に移る方がよいが、休業手当により足止め。無為に過ごす長期休業で職業能力が失われるよりは失業し、失業給付や求職者支援制度を受け、職業訓練で技能・資格を学び、キャリアアップして新たな成長分野に再就職するチャンスが

4)などは、そう簡単にいくようなことでもないので、余分な記述のような気がしますが。

・国民全員へ特別定額給付金10万円の支給
・ひとり親世帯や子育て世帯への臨時特別給付金等の支給
・休業支援金の本来の使途とは本末転倒の悪用
・支援持続化給付金のように不正受給が横行する例も

一方、
・現金給付や特例貸し付け:生活困窮者が生活保護に陥ることを防ぎ、直近(21年11月)生活保護率1.63%で、コロナ前(19年12月)1.64%から増えていない。
・事業者に対する各種給付金や休業支援金が功を奏し、倒産件数も歴史的低水準
という反証も添えてはいます。

しかし、こうしたバラマキ的浪費的財政政策を戒め、こういっています。
既存制度は完成度が高く効率的だが、もっとも、コロナ禍の新施策導入の背景には、非正規労働者や被害を受けた業界への迅速な救済が難く、見直すべき課題が多い。
そこで多くは、既存の社会保障制度の中に、財政浪費的な政策を改めて組み入れるべきというわけです。
その提案をいくつか上げており、以下整理してみます。
1)雇用延長助成金連続利用期間の半年への制限
2)その運用のための財源の借り入れの禁止(雇用調整助成金は保険料と公費のみで運営)
3)企業のみ負担の雇用保険料の労働者も負担へ

ただし、「既存制度は完成度が高く効率的」というのは基本認識の違いを表しています。
税と社会保障の一体化、財政規律の主義にまだまだ問題を残しているという鈴木氏の認識のはずですが、矛盾していますね。
どちらも問題が多いと私は認識しています。

もう一つ鈴木氏が評価しているのは、
今回の特例措置で雇用調整助成金が、公費を財源として非正規労働者にも適用されたこと。
それを踏まえて、
非正規労働者からも保険料を徴収したうえで、この措置を制度化すべき」と提案しています。

私が提案するベーシック・ペンションでは、その導入に伴い、事業主も含め、何かしらの労働所得があるすべての人が加入する「就労保険制度」を「雇用保険制度」に替わって創設することを併せて提案しています。
加えて、企業のモラルハザード対策として、助成金の期限終了直後の廃業や解雇に対し、助成金の一部返還を罰則として科すこと。
非正規労働者の救済は、雇用調整助成金に頼るのではなく、失業給付の対象拡大で対処すべきこと。
等を上げ、雇用保険自体の改革も怠るべきではないと強調しています。
この点については、至極当然のことです。

そして、バラマキ財政の象徴とする世帯への各種給付金については、以下の、鈴木氏のかねてからの持論を提案します。

世帯への各種給付金を廃止し、生活困窮者に給付金が還付される「給付付き税額控除」を導入すべき。この制度により、経済ショック等発生時には、自動的に生活困窮者が救済されるため生活保護を必要以上に増やさず、新しい給付金制度を作る必要もない。

生活困窮者の基準やその適用者の特定に関して、さまざまな問題がコロナ禍で表出したのですが、現実的にスパッと公平・公正に運用することは難しいことは、鈴木氏も承知していると思うのですが。
また、この「給付付き税額控除」は、基本、給与所得がある人に適用するものであり、それ以外の人は排除されるわけで、部分的・限定的な運用にとどまります。
私が提案するベーシック・ペンションとは相反する、中途半端な制度となってしまう可能性が高いのです。

もう一つ、事業者に対する給付金・休業支援金の運用・適用については、以下の提案を行っています。

事業者に対する給付金や休業支援金については、休業命令保険の一種である、(感染症を含む)広義の災害保険を国が創設し、事業者から保険料を徴収し運営する。
医療機関や介護事業者の減収対策も、補助金や診療報酬・介護報酬に頼るのではなく、この災害保険で自ら備えてもらう。

まあ、実際には、この災害保険の保険料の設定基準が問題になるでしょう。
医療・介護という公的・公共的事業においては、自ずとその保険料の一部は公費を充当する必要があると考えます。
事業規模や業種等を考えた時、こうした保険料負担を何の問題もなく受け入れることができるかどうか。
簡単ではない気がします。

結局、バラマキ政策と総括されていますが、必要なものは必要なので、問題は、抜け道・抜け穴が多い運用だったことが一番。
そうしたムダを今後なくすために、鈴木氏提案の<既存制度>に必要な要素・要件・条件を組み入れることには賛成です。
基本的には、ワークフェア、自助努力主義を基礎として、財政規律主義を守るという主旨によるコロナ後の社会保障改革提案ということができるでしょうか。
しかし、そのことで今後どの程度、社会保障必要財源が増減するのかは不明です。
そのことで、財政規律が改善されることが確かなわけではありません。
多種多様な改善策が、盛りだくさんに提示されていますが、これをもって社会保障ビジョンというレベル・内容とは言えませんし、ある意味弥縫策レベルに過ぎないのでは、と思ったりもします。

言うならば、鈴木氏にとっては、物足りないテーマであったのではないでしょうか。
鈴木氏の基本的な考え方と、それに対する私の意見などは、これまで以下のように数回記事としています。

鈴木亘学習院大学教授による、財源面からの2021年ベーシックインカム試案(2021/2/4)
鈴木亘氏の社会保障制度論の限界と社会保障制度改革の必然性(2021/2/5)
鈴木亘教授『社会保障亡国論』にみる正解と誤解(2021/2/10)

そろそろ同氏の認識にも多少の変化を期待したいと思うのですが、ムリでしょうね。

次回は、やはり当サイトで既に取り上げたことがある、ベーシック・アセットという何やら得体のしれない社会保障制度を提案している宮本太郎中央大学教授の小論を取り上げます。


今回は3回目、最終回です。
宮本太郎中央大学教授による「新しい生活困難層に安全網」と題した「社会保障 次のビジョン」小論です。 (※1958年生。専門は比較政治学、福祉政策論。北海道大名誉教授)
(参考日経元記事)⇒ 新しい生活困難層に安全網 社会保障、次のビジョン: 日本経済新聞 (nikkei.com)

なお、同氏の社会保障に関する現状認識と提言については、当サイトで昨年、同氏に拠る著『貧困・介護・育児の政治 ベーシックアセットの福祉国家へ』(2021/4/25刊・朝日選書) を用いてシリーズ展開したことを、以下の記事で紹介しています。

宮本氏は、理想としての社会保障制度を「ベーシック・アセット」という概念で提案しているのですが、今回の日経小論も、その軸に沿っての提案と読むことができます。
まず、この小論について、重点を紹介し、多少感じた点を指し挟んで整理してみます。

困窮と孤立を広げている新型コロナウイルス禍を考えたときに必要な社会保障ビジョン。
その課題として宮本氏が挙げるのが、セーフティーネットの張り直し。
これをテーマとした本小論を概括し、考えるところをメモしてみます。

現状の社会保障制度における厚生労働省下におけるセーフティネットの構造を以下の3重構造として論を進めていきます。
1)安定雇用を前提にした社会保険
2)生活保護などの公的扶助
3)生活保護の前段階で運用する、求職者支援制度や生活困窮者自立支援制度
1)2)が先行導入されており、3)がその後、1)2)の間で適用する2種類の支援制度が導入された。
求職者支援制度は職業訓練中の所得保障等を行い、生活困窮者自立支援制度では生活再建について相談支援する。

しかし、安定的に就労し社会保険に加入できている層と生活保護を受給する層の間に、コロナ禍で、第3のセーフティネットで支援されるべき多くの「新しい生活困難層」が急増したが、現実を必ずしも正確にとらえておらず、機能していないというのです。

非正規雇用などの不安定就労層、ひとり親世帯など、自分や家族の多様な困難から困窮や孤立に陥っている「新しい生活困難層」は、コロナ禍以前から問題視されており、固定化が進んでいたはずです。

宮本氏は、もともと、先述の2つの支援法を評価しており、この制度運用で新しい生活困難層を支援・救済すべきであり、それが可能としていたはずです。
しかし、進む固定化が、コロナ禍で一層深刻化し、拡充し、分断化の様相を呈してきているのです。
安定就労層と福祉受給層の固定化と並行しての生活困難層の固定化。
この3層の固定化は、3層の分断化も意味します。

新しい生活困難層が身動きのとれない状態にあり、かつこの層へのセーフティーネットが基本的に欠落している。
先述の宮本氏が評価した2つの支援制度の欠陥を同氏自身が認識した上で、こんなコロナ禍での状況を紹介しています。
1)コロナ禍の経済的打撃が新しい生活困難層に集中し所得がさらに減少しても、生活保護に移行する人は少なく、生活保護受給の実人数はコロナ禍の下で減少すらしている。
2)新しい生活困難層が利用できた数少ない制度が、社会福祉協議会などが窓口になる生活福祉資金の特例貸し付けで、通常年1万件程度の利用件数が、2020年4月から22年2月の間320万件と爆発的に増大。だが貸付制度なので、今後多くの低所得世帯が返還を迫られる。
常態化した生活困難層への貸付制度を社会保障制度の範疇に入れることが不適切であることは言うまでもないことでしょう。

新しい生活困難層の急増と3層の固定化・分断化を修復する新たなセーフティネットの在り方を論じる時、対立する2つのアプローチを例示・比較しています。

第1のアプローチは、就労支援・就労機会拡張重視の立場。
先述の第3のセーフティーネットが、このアプローチの一環。
しかし、

セーフティーネットとしての就労支援は少なくとも現状では大きな成果を上げていない。

当然想定可能なこと、想定内のことです。
「働かざる者食うべからず」の観念に基づく「ワークフェア主義」の社会保障・労働政策が、適切に、機能することがないことに、もうそろそろ社会保障制度や経済政策の専門家は、しっかり認識すべきと思うのですが、なぜか、簡単に発想を転換することは無理らしいのです。

新しい生活困難層の生活を底上げし、困難を抱えつつも就労できる機会を創出することなくしては、就労支援は空回りする。

そう。
まず初めに、生活の底上げを行った後で、希望する人にはなんとか就労できる機会を創出・支援するという方針・手順が必須です。
あくまでも「希望する人」が対象であって、すべての人に強制するものではありません。
<求職者支援制度>の前に<生活困窮者自立支援制度>が機能する状態にしておくべきなのです。
但し、<自立>の意味と適用範囲を広く多様に設定しておく必要があるのです。

もう一つの第2のアプローチ。
それは、第1のアプローチに批判的である場合が多く

生活保護のような現金給付を広く社会全体に広げていこうという考え方だ。すべての国民に定額を給付するベーシックインカムは、このアプローチを代表するもの。

ということになります。
そして、英米での就労支援では、福祉給付の削減や低賃金の不安定就労を強いられることが多かったことに対して、就労支援で人々の多様な能力を引き出しつつ生活を安定させてきた北欧の例を引き合いに出して

所得保障はセーフティーネットの軸だが、すべてではない。
誰もが社会につながる機会提供が不可欠だ。

というのです。

もちろん、所得保障がセーフティネットのすべてではありません。
私が提案するベーシック・ペンションでは、それを軸にしつつ、社会保障制度全体の再構築・改革を提案しています。
しかし、社会への繋がり方が「就労」でしかないとするのも、大きく多様な問題が残ることも認識すべきでしょう。
無償のボランテイア活動なども貴重かつ必要な社会とのつながり方であり、起業や自身が望む生き方を追い求めるための時間と機会を持つことも、一時期の無収入・無所得に耐えうるとして認めるべきでしょう。

以上のような認識のもと、必要とするセーフティーネットの新たに張り替えには、2つのアプローチの双方を必要な刷新も図りつつ連動させる必要がある、と導きます。

その方法とは。

就労機会を広げるべく、新しい生活困難層が抱える多様な困難を踏まえた柔軟な働き方を実現するために、人に仕事をつける「メンバーシップ型」でも、仕事に人をつける「ジョブ型」でもなく、人ごとに仕事をカスタマイズする「ユニバーサル型」(就労機会+社会保険)を提起する。

とします。
しかし、ここで「ジョブ型」「メンバーシップ型」と比較併記する形で「ユニバーサル型」を提起することには、どうも違和感を覚えますし、適切ではないと思います。

まあ、それは良しとして、その「ユニバーサル型」とはどういうものか。

ユニバーサル型は福祉的就労ではなく、最低賃金以上で実現されるべき。
だが心身の状態や家族のケアなどによる労働時間制約などのため生活が成り立たない場合、勤労所得を補完できる保障が重要になる。
すなわち、働けないことも想定した最低生活保障である生活保護制度に対し、勤労所得を補完する「在職型給付(in-work benefits)」を併せて拡大していくべき。
(※注:就労機会の保障や所得等給付には、医療・保育など関連サービスが含まれる)

としています。
一応ここで、一部の所得保障が必要とするのですが、結局やはり、制約外での労働を条件とするワークフェア型であることに違いはありません。
極論すれば、働きたくない仕事、適性のない仕事でも就くべきという制度であるわけです。
福祉的な就労を除外した賃金労働をもってして「ユニバーサル型」という概念を用いることに、やはり違和感を抱いてしまいます。

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要するに、就労機会と所得保障を複合させた、セーフティーネットを構築すべき。
これが、当小論での宮本氏の結論です。
岸田首相の「新しい資本主義」における分配と成長の接点としての教育訓練や転職支援など「人への投資」に関しては、新しい生活困難層に「投資」に応える条件は乏しいとしているのが特徴です。
それゆえ、複合的セーフティーネットによる生活安定を先行させるべき、という結論を導き出しているのです。

生活を安定させる所得保障が、どれほどの金額であるのか具体的に示されていません。
また、この小論では、同氏提案の「ベーシック・アセット」についても触れられていません。
ベーシック・アセット実現に先行する形での複合的セーフティネット、としての提案としているわけでもありません。

宮本氏による岩田正美氏『生活保護解体論』評価

興味深いのは、私も当サイトで既に取り上げた、岩田正美氏著『生活保護解体論: セーフティネットを編みなおす』(2021/11/5刊:岩波書店)での岩田氏の提案をこの小論で取り上げたことです。
同氏の提案を、既存の社会保障の改革で制度の狭間を埋める提案と評価・位置づけし、以下のように紹介しています。

8つの扶助のパッケージである生活保護制度を単給化しつつ、関連サービスとともに給付対象を広げる。具体的方策として、医療扶助の医療保険制度の保険料・窓口負担の減免制度との一体化、住宅扶助を住居確保給付金制度とともに住宅手当制度への再編などを盛り込んでいる。

そして、岩田氏が提起した住宅手当制度の創設案に以下のように財源案まで引用して賛同しているのです。

まず党派を超えて議論がされている住宅手当から検討を始めてもよいのではないか。
岩田氏に拠よると、生活保護の住宅扶助相当の給付で対象を所得下位10%程度の世帯に広げると、住宅扶助などの財源プラス2400億円(総額約8500億)で導入可能としている。


なお、この岩田正美氏著『生活保護解体論 セーフティネットを編みなおす』(2021/11/5刊:岩波書店)についての私の考察を、以下の記事で紹介しています。
併せて確認頂ければと思います。

当小論で宮本氏が示した、就労機会+社会保険を条件とする「ユニバーサル型」セーフティネットは、残念ながら、すべての人々をカバーする「普遍性」を持たない、疑似「ユニバーサル」であることが最大の、そして根源的な問題・課題です。
ユニバーサルは、無条件・平等であることを要件とする「普遍性」を意味します。
同氏のそれは、生活保護受給者の一部は除外しますし、新しい生活困難者で括れない多くの低所得・無所得者も除外しています。
社会保険の一部に未加入のユニバーサル外の人々も存在します。
要するに、宮本氏によるセーフティネットが普遍性に欠けるものであることを、本来この小論でも明示すべきなのですが、そこまで厳しく自論を客観的に評価してはいません。
そして先述したように、所得保障の適正額についても触れていません。

コロナ禍以前に既に常態化していた新しい生活困窮層に、コロナ禍が追い打ちをかけて増加したその層。
どちらにしても、所得保障は不可欠です。
それを認めていてもなお、ワークフェア主義にこだわることが、果たしてリベラルの良心・良識なのか。
私には、それが偽善のようにしか思えないのです。
その偽善の先には、やはりリベラルの良心・良識の範疇にある、保守も喜ぶ「税と社会保障の一体改革」や「財政規律主義」が、しっかりと結びついているわけです。
となると、経済の成長や労働生産性向上が必須という自由主義にも調和するというご都合主義に至るわけで、もうリベラルも保守もない、融通無碍の社会保障政策に収斂?(分散?拡散?)されることになるのです。
そのあたりのところを、宮本氏に限らずリベラル的学者諸兄はどう認識・自覚しているのでしょうか。
不思議でなりません。

ということで、本小論の対案としてだけでなく、3回にわたって紹介・考察してきた「社会保障 次のビジョン」の提案に対して、当サイトで提案の日本独自のベーシックインカム、ベーシック・ペンション生活基礎年金を上げてまとめに換えておくことにします。

今年2022年度の提案を以下に掲載していますので、確認頂ければと思います。

                       

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以上、3人の学者・研究者の<日経経済教室>での論考を取り上げて、BI(BP)と社会保障制度問題との繋ぎを形成する可能性を確認してみたわけです。

私もどちらかというと観念論に陥りがちな性質です。
しかし、学者・研究者のすべてが、専門分野とその周辺の関連分野とを体系的・総合的・包摂的に現実論として政策提案できるかという問いかけを常にしています。
その答えは、常に「否」です。
まあ、今回の3氏の論考・論述は、日経サイドが、どこまで体系化を意識していたのか分かりませんが、読者として、その連関をイメージ化・具体化することは、できませんでした。
まあ、個々のそれらを批判的に読み解くこと、理解することはできたと思っており、それで十分なのかもしれません。

ただ、いずれにしても「「社会保障 次のビジョン」という共通テーマへの「解」自体が、3氏の視点が異なるゆえに、見いだしえなかったこともやむを得ないことと思います。
言わば、3氏3様の「社会保障、次の政策ビジョン」は、結局、政治・行政においても、どっちつかずのまま、時間に流されていくのが常、と結論付けることができそうです。

まあ、BPもシンBI2050も、それらの間隙を縫って構想するものでもないのですが。


※ 以上は、上記3氏の論考を整理し終えて、2026年6月1日に、メモ書きしたものです。