リトガー・ブレグマン著『隷属なき道』を読み解く:8記事統合による全体像と核心|旧サイト記事集約移管シリーズ-2
ベーシックインカムは、ユートピア・アイディア?|リトガー・ブレグマン『隷属なき道』考察シリーズー7:「 第9章 国境を開くことで富は増大する 」及び「 第10章 真実を見抜く一人の声が、集団の幻想を覚ます」から
今回は「 第9章 国境を開くことで富は増大する 」と「 第10章 真実を見抜く一人の声が、集団の幻想を覚ます 」を取り上げます。

7-1 「 第9章 国境を開くことで富は増大する」から
1.「 第9章 国境を開くことで富は増大する」構成
第9章の構成は、以下のとおりです。
第9章 国境を開くことで富は増大する
1)発展途上国支援に過去50年で5兆ドルを投じた
2)対象群を用いた最古の比較試験
3)無料の教科書は効果なし?
4)必要なのは優れた計画か、何も計画しないことか
5)ただで蚊帳を手に入れた人の方が、蚊帳を買う確率が2倍高かった
6)10ドルの薬が就学年数を2.9倍伸ばすと実証したRCT
7)貧困を一掃する最良の方法「開かれた国境」
8) 労働の国境を開けば65兆ドルの富が増える
9)国境が差別をもたらす最大の要因
10)21世紀の真のエリートは望ましい国に生まれた人
11)移民にまつわる7つの課題
12)世界で最も豊かなアメリカは移民が建てた
13)38%の移民受け入れで開発支援総額の3倍の効果
本書では、種々の例え話を多用しており、それらがベーシックインカムを導入すべきことの理由とするには、短絡的であり、単なるユートピア論でしかないのではという思いを強くしてきています。
その思いをとりわけ強くさせ、真正面から反対したい章が、この第9章「 国境を開くことで富は増大する」です。
西側世界は途上国支援のために50年で5兆ドルを投じてきた。だが国境を開けば世界総生産は67~147%成長し、65兆ドルの富が生み出される。わずかに62人が35億人の総資産より多い富を所有する偏在の要因は国境にある
第9章は、こういう序文から始まり、
わたしたちは豊饒の地にたどり着いたが、非常に多くの人が、依然として1日1ドルで生きることを強いられており、思索にふけっていないで、この時代の最大の課題である、地球上の全ての人に豊饒の地の喜びを提供することに取り組むべきではないか。
と投げかけ、例によって、これまでの歴史でのさまざまな人道支援や海外開発援助、そしてそれらの研究などの例を多数取り上げますが、それらの成果については評価しづらいことを指摘します。
それらの多くは、貧困の改善・解決には直結していなかったと言いたいのでしょうか。
その考察から、<貧困を一掃する最良の方法は「開かれた国境」>というのです。

2.RCT(無作為化比較対照試験)が、すべての実証試験の評価を可能にする手法?
例示した過去のさまざまな実験の成果評価に疑問を呈し、より的確・適切に評価する方法として、エスター・デュフロの協力のもとMITが設立した貧困行動研究所による開発支援に関する研究結果を紹介します。
それは、 無作為化比較対照試験、RCT。
そのRCTのテクニカルな記述や研究事例はここでは省略させて頂くとして、その結果ブレグマンが導き出した、貧困を一掃する方法が「国境を開くこと」というわけです。
3.ブレグマンが言う、国境が差別をもたらす最大の要因
国境を開くとは、どういうことか?
国境をなくし、人々の出入りを自由にするということか、それとも経済活動を国境とは無関係に行うことができるようにすることか、あるは・・・。
何を、どうするのか、という議論はここでは展開されていません。
ただ、国境が差別をもたらす最大の要因である、と。
では、一つの国の中での差別と貧困は、どう扱い、どう論じ、どう評価するのか。
なぜか、そこにも触れません。
国際的に見れば、豊饒の地の住民は。ただ裕福なだけでなく、貪欲な金持ちで、アメリカではどうこうで、と縷々引き合いに出した後、「地球で最も豊かなわずかな62人が、世界人口35億人の総資産より多い富を所有している」と、これも他の多くのBI論者がBIの必要性を語る上での論拠と同じ土壌で語ります。
4.労働の国境を開くことが、国境を開くこと? それは、労働を目的とした移民を受け入れること?
そして、開かれた国境が実現すれば、「世界総生産」における予想成長率は、世界的な労働市場の動きのレベルに応じて、67%から147%に及ぶ、世界を2倍豊かにするという異なる4つの研究があることを示します。
以前、GDP国民総生産に疑問を呈したブレグマンが、国境を超えた世界をベースにした総生産の成長を持ち出してくるのです。
そしてこう続けます。
奇妙なことに世界は、人間以外に対しては広く開かれている。
物、サービス、株式は世界を縦横に行き交う。情報も自由に循環し、ウィキペディアは300以上の言語で利用でき(略)る。
しかし、IMFによると、資本に対する既存の制限を解除することで自由になれるのは、せいぜい650億ドル程度だが、労働の国境を開けば、富は1000倍にも増えるはずだ。
要は、労働を受け入れること、労働による所得を得ることを目的とした移民もしくはテンポラリーな労働者を受け入れることを言っているらしい。
そして、国内の格差については、こうも言っているのです。
数十億の人が、豊饒の地で得られるはずの賃金に比べるとほんの僅かの金で、自分の労働力を売るよう強いられているが、それはすべて国境のせいなのだ。
国境は世界の全てにおいて、差別をもたらす唯一最大の要因である。
同じ国に暮らす人々の格差は、別々の国に暮らす人々の格差に比べると、無いに等しい。
すごい物言いですね。
これは、「世界は一つ、人類は、みな兄弟」の理想世界を示すもの。
国家も、土地も、住まいも、そして当然仕事も、みな分かち合うものという思想・価値観に基づくもの。
究極のユートピア社会で実現するベーシックインカム。
そういう、一足飛びの、宇宙を股にかけての話に着地しました。

5.民族、人種、宗教、言語そして国家をブレグマンはどう考えるのか
現状、ヨーロッパ各地で問題が顕在化し、コロナ禍やアフガン問題もあり、より複雑化・長期化しつつある移民問題。
移民に反対する人々の思い・感情を、ブレグマンは否定するのでしょうか。
彼が住むオランダは、移民を快く受け入れ、貧困問題の解決に、国民国家を上げて取り組んでいるのでしょうか。
国家はもちろん、人種・民族、言語・宗教・文化などは、すべて労働をシェアすることで超克できるのでしょうか。
その国で働いた移民が、その稼ぎの多くを自国で暮らす家族や、時に国に送金し、その国の消費にはごくごく一部しか使わないとしたら。
その国の市民の雇用を奪ったり、賃金を下げる要因になった場合、どう見るのでしょうか。
そして、テロが自由に出入りし、その国の市民の命を奪うことになれば。
こうしたことも、世界の貧困問題の解決のためには、無いに等しいこととするのでしょうか。
こうした素朴な疑問や不安にどう答えるのか。
豊饒の地に暮らすブレグマンには不要、無用のことなのでしょうか。
<移民にまつわる7つの誤謬>として、かれは、「移民は、皆テロリスト、犯罪者、社会の一体性を蝕む、仕事を奪う、怠惰で働かない、決して母国に戻らない」という移民反対の主張への反証を挙げています。
しかし、それらすべてが誤りということはできず、その現実、そういう傾向や不安が、少しずつでもあるわけでしょう。
それを否定・非難するのは、ベーシックインカムに反対する要因を否定して、BIの実証実験プラスの結果をあたかも100%の人々がそうであるかのように断定するのと同じレベルの話になります。
それが、決してベーシックインカムの必要性を確たるするものに至らないことで、説得力と合理性を著しく欠いていることが分かるでしょう。
6.3%の移民受け入れで開発支援総額の3倍の効果が上がった後の国と世界はどうなるか
この章の最後の節は、<3%の移民受け入れで開発支援総額の3倍の効果>というタイトルです。
世界銀行の科学者の予測として。
何年かかっても為し得ないであろうことについての予測。
その予測作業をする前に、行うべきこと、そしてこの困難性は、あまりにも多く、大きいものです。
各国の政治体制を、そうした合意形成ができるレベルに改革することが先ず第一。
移民を送り出す国家が、どういう国家に変革するのかも、必須課題。
受け入れる各国が、その計画を立案する必要が当然あり、その計画が、雇用問題に限らず非常に多岐にわたっていること、受け入れる地域住民との合意形成不可欠。
ブレグマンが言う研究者は、世界総生産の試算はたやすく行い、その試算通りに実現すれば、大きな研究成果として結実するのでしょうが、単なる夢物語を描き、実行するのは、他の人、政治の責任、そして住民の責任、などとなれば、むしろ害悪しか残さない研究者でしょう。
あまりにも現実を直視しない思想家です。
歴史にも学ばない歴史家です。

7-2 「 第10章 真実を見抜く一人の声が、集団の幻想を覚ます」から
1.「 第10章 真実を見抜く一人の声が、集団の幻想を覚ます」構成
第10章の構成は、以下のとおりです。
第10章 真実を見抜く一人の声が、集団の幻想を覚ます
1)空飛ぶ円盤が来なければ主婦はどうするのか
2)1954年12月20日の真夜中
3)自らの世界観を改めるより現実を再調整する
4)わたしには自分の意見を変える勇気があるだろうか?
5)真実を語るひとりの声が集団の意見を変える
6)なぜ銀行部門の根本的改革は進まないのか?
7) 新自由主義を広めたハイエクとフリードマン
8)モンペルランの教訓
2.予言が当たらずともその予言者の存在を評価するブレグマン?
次第に現実離れした主張を論拠とすることに傾いてきたベーシックインカム論。
最後には、1954年の予言者の話を持ち出します。
それは、荒唐無稽であったことも信じられることになる、と言いたいがためのこと(のよう)。
こんな寓話も加えます。
いつの日か自分たちの理想の正しさが認められることを確信して、空中に城を築くことに人生を捧げた人物が2人いいるとしてらそれは、多方面に活躍した哲学者、フリードリッヒ・ハイエクと、世に知られた知識人、ミルトン・フリードマンだ。
(略)
もしあなたが、ハイエクとフリードマンが強欲を流行らせ、数百万の人々を苦境に陥れた金融危機を招いた張本人だと考えていたとしても、彼らから学ぶことは多い。
この引き合い話は、この章の最後の節<モンペルランの教訓>に結実?します。
3.最後も、 <モンペルマンの教訓>の例えで締めくくるブレグマン
依然として右派と左派はいるもののの、いずれも未来について明確な計画はないようだ。
アイディアの力を確信した二人の男の頭脳から生まれた新自由主義は今、皮肉な運命のいたずらから、新たなアイディアへと続く道を封鎖している。
わたしたちは、リベラルな民主主義と自由な消費者を終着点とする「歴史の終わり」に到達したらしい。
1970年代にフリードマンがモンペルマン・ソサエティの会長に指名された時、その発展を支えた哲学者と歴史学者の大半は退いており、議論の内容は、テクノロジーと経済に偏ってきた。
(略)
2008年9月15日にリーマン・ブラザーズが崩壊し、1930年代以来最大の危機が始まった時、有効な代案はなかった。(略)何年も前から、インテリ、ジャーナリスト、そして政治家は皆、「大きな物語」の時代は終わり、イデオロギーを実用主義(プラグマティズム)に換える時が来た、と信じ切っていたのだ。
(略)
一方で世界は依然としてますます豊かで、安全で、健康になりつつある。
日々ますます多くの人々が豊饒の地にたどりついている。
果たして現実は、安全で、健康になりつつあるのか?
予言者待望のブレグマンが自ら断言している、われわれが手に入れた豊饒の地の安全と健康は、コロナ禍でますます不安定で、維持することが困難な時代さえも迎えているのです。

4.ユートピア論の必要性を強調するブレグマンも、自らを予言者とするのか?
こう続けます。
豊饒の地に長く住まうわたしたちは、新しいユートピアを切り開くべき時を迎えている。
もう一度、帆を上げよう。
「進歩とは、ユートピアが次々に形になっていくことだ」と、その昔、オスカー・ワイルドは記した。
「誰にとっても、自分の信念が、今のそれとは異なる状況を想像するのは非常に難しいものだ」とハイエクは言い、「新しいアイディアが社会に広がるのに、一世代かかることもある」と主張した。
ゆえに、わたしたちは、「ユートピア主義になる勇気」を備えた忍耐強い思索家を必要としているのだ。これをモンベルランの教訓としよう。
アイディアは、どれほど途方もないものであっても、世界を変えてきたし、再び変えるだろう。
ケインズはこう記した。
「実際、アイディアの他に世界を支配するものはほとんどない」と。
過去の人々の言葉を、何度も何度も繰り返して用い、活かすべき例えとして用い、ユートピアを語ることの大切さを強調します。
そこで必要なのは、忍耐であり、一世代要することもあるという喩えも。
しかし、一世代どころか、何世紀何百年を経ても、イギリスで活発に議論された社会福祉に関する法律は、決してベーシックインカムに結実することはありませんでした。
類似した方法や、実験的な試みは多数今まで行われてきましたが、ユートピアとして描いた世界は、やはり実現されていません。
ブレグマンが主張するベーシックインカムというユートピアは、彼のアイディアであるわけでなく、彼によって新しい思索が行われ、より現実に近づいたわけではありません。
当初、寓話を読んでいるようだと感じた本書。
自ら、ベーシックインカムがユートピア論であることを自覚し、過去の関連する歴史、事実などをこれでもかというくらい引用・紹介されていました。
望むらくは、より現実論として、実現のための考察を加えて、その妥当性・必要性を確かなものにしていく論述としてほしかった。
そう期待して読み進めたのですが、想像にも、期待にも反して、より幼稚で、より夢物語に近い寓話に戻ってしまった感がしています。
むしろ期待が大きかった分、落胆が大きいものになったとも言えます。
ブレグマン自らも予言者の一人となりたかったのかどうか分かりません。
それは今になってふと感じること。
本書を手にしたときから、「隷属なき道」の道標を見出すことができるかどうか、一縷の期待をもって読み進め、考えたこと、思ったことをメモしてきたのですが、いよいよ、最終章に到達することになりました。
次は、本シリーズの最終回。
最終章<終章「負け犬の社会主義者」が忘れていること>を確認し、全体の総括を整理することにします。

コメント ( 0 )
トラックバックは利用できません。
この記事へのコメントはありません。