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海外ベーシックインカム思想の系譜|海外BI研究者・文献を読み解くための6章ー第2章

第1章では、海外におけるベーシックインカム(BI)研究を読み解くための前提として、「誰が、どの文脈で、何を論じてきたのか」を整理するための全体構造を提示しました。
そこでは、BIが単なる制度案ではなく、思想・制度・実証・運動といった複数の層が重なり合って形成されてきた議論領域であることを確認しました。
⇒ ベーシックインカムは誰が、何をめぐって論じてきたのか|海外BI研究者・文献を読み解くための6章ー序論第1章 – シン・ベーシックインカム2050論

本章(第2章)では、その中でも特に基礎となる「思想的系譜」に焦点を当てます。
なぜなら、海外BI論における多くの対立や混乱は、制度設計や実証結果そのものではなく、その背後にある思想的前提の違いから生じているからです。

同じ「ベーシックインカム」という言葉が、なぜこれほど異なる社会像を指し示してきたのか。
それを理解するために、本章ではBI思想の起点と分岐をたどり、主要な思想潮流を整理していきます。

Ⅱ.海外ベーシックインカム思想の系譜 ―― BIはどの思想から生まれ、どこで分岐してきたのか

BIは制度ではなく、思想の重なりから生まれている

ベーシックインカムは、しばしば「新しい社会保障制度」や「給付政策の一案」として語られます。
しかし海外の議論を丁寧にたどると、BIは特定の制度設計から生まれたものではなく、異なる思想が重なり合う中で形成されてきた概念であることが分かります。

同じBIという言葉が、異なる社会像を指してきた理由

実際、BIを支持する論者の中には、
自由の拡張を目指す者もいれば、再分配の強化を志向する者もおり、
さらには資本主義そのものの変容を見据える立場も存在します。

本章では、こうした思想的背景を整理することで、
「どのBIを、誰が、どの前提で語っているのか」を見分ける視点を提供します。

本節では、現代のベーシックインカム論がどのような思想的背景から生まれてきたのか、その出発点を確認します。
ベーシックインカムは近年の制度提案として語られがちですが、その根底には、自然権や共有財産、そして「存在そのものを支える」という考え方があります。

ここでは初期思想を詳しく評価することが目的ではありません。
以降に扱う自由主義、福祉国家論、市場主義、左派思想などが、共通の起点からどのように分岐していったのかを理解するための前提として、思想の原点を整理します。

1)自然権・共有財産という発想

BI思想の最も根源的な起点は、「自然や社会的富は本来すべての人に帰属する」という自然権思想にあります。
この考え方では、所得は個人の努力だけで生まれるものではなく、社会や歴史、制度の積み重ねによって可能になっていると捉えられます。

トマス・ペインが提示した「土地価値の社会還元」は、その代表例です。
土地の私的所有を否定せずとも、そこから生じる価値の一部は社会全体に分配されるべきだ、という発想は、後のBI論の思想的原型となりました。

BI思想の起点の一つは、「自然は本来、すべての人のものである」という考え方にあります。
この発想は、近代初期の自然権思想にさかのぼり、土地や資源から生じる富は特定の所有者だけでなく、社会全体に還元されるべきだという主張につながりました。

トマス・ペインが提唱した「地代の社会的配分」は、その象徴的な例です。
ここでは、所得は労働の結果というよりも、社会に生まれたこと自体から生じる権利として捉えられています。

2)「労働の対価」ではなく「存在の権利」という視点

この系譜の核心は、所得を「労働への報酬」としてのみ捉えない点にあります。
人は働いているから生きる権利を持つのではなく、生きているからこそ生活基盤を持つ権利がある、という逆転した発想です。

この視点は、現代においてフィリップ・ヴァン・パリースが展開した「真の自由(real freedom)」論に受け継がれました。
彼は、形式的な自由ではなく、実質的に選択可能な自由を保障するために、無条件の所得が必要だと論じています。

この系譜において重要なのは、BIが「働いた対価」ではなく、「生存そのものに基づく権利」として構想されている点です。
労働市場への参加を条件としない点は、後の福祉制度や最低賃金政策とは明確に異なります。

この視点は、後にフィリップ・ヴァン・パリースらが展開する「真の自由(real freedom)」論にも引き継がれていきます。
⇒ 現代BI論の「父」フィリップ・ヴァン・パリースによる、リアルな自由|「現代BI論を築いた12名の知性」シリーズ(第1回) – シン・ベーシックインカム2050論

3)初期思想が現代BIに残している論点

自然権・存在権の思想は、なぜBIが無条件でなければならないのか、なぜ普遍である必要があるのか、という問いの理論的根拠となっています。
同時に、「労働と報酬の関係をどう考えるのか」という根源的批判も、この段階ですでに内包されていました。

自然権や存在権の発想は、現代BI論においても、
「なぜ無条件なのか」「なぜ普遍なのか」という問いの根拠として繰り返し参照されています。

同時に、この思想は「働かざる者をどう考えるのか」という批判とも常に隣り合わせに存在してきました。

自由主義(リベラリズム)とは、個人の自由と尊厳を社会の最も重要な価値として位置づける考え方です。
国家や社会の役割は、特定の生き方を人々に強制することではなく、個人が自ら選択できる条件を整えることにあると考えます。

この立場では、人は本来、多様な価値観や生き方を持つ存在であり、それらはできる限り尊重されるべきだとされます。
そのため、国家による過度な介入や、条件付きの給付・統制は、個人の自由を損なうものとして慎重に扱われます。

ベーシックインカムが自由主義・リベラリズム系思想から支持されてきた理由は、
「何をするか」「どう生きるか」を国家が決めるのではなく、選択の余地そのものを個人に保障する制度として理解されてきた点にあります。
この前提を踏まえることで、以降の各項で論じる自由・尊厳・自律という評価軸が理解しやすくなります。

1)個人の自由と選択を最大化するという発想

自由主義・リベラリズム系のベーシックインカム思想は、社会の目的を「個人が自らの人生を選択できる状態をいかに実現するか」に置きます。
ここで重視される自由とは、単に法的に禁止されていないという意味での形式的自由ではありません。実際に選べるかどうか、すなわち選択可能性そのものが問題とされます。

この文脈でしばしば参照されるのが、フィリップ・ヴァン・パレースの「リアル・フリーダム(実質的自由)」という考え方です。貧困や不安定な雇用状態に置かれている人は、法的には自由であっても、現実には選択肢を持ちません。
ベーシックインカムは、こうした制約を取り除き、個人が教育、労働、ケア、創作といった活動を自ら選べる基盤を与える制度として位置づけられます。

重要なのは、この立場においてBIが「働かなくてもよい制度」として肯定されているわけではない点です。
むしろ、どのように働くか、いつ働くかを自分で決められることが、自由の核心であると考えられています。

2)国家は何を保障し、何を手放すのか

自由主義・リベラリズム系BI思想における国家観は限定的です。
国家は人々の行動や価値観を指導・矯正する存在ではなく、選択の前提条件を整える役割にとどまるべきだとされます。

この立場からは、条件付き給付や行動監視を伴う福祉制度は、自由を侵害する可能性があるものとして批判されます。
「正しい生き方」を行政が定義し、それに適合した人だけを支援する制度は、個人の尊厳を損なうという問題意識が背景にあります。

ベーシックインカムは、国家が「何をするか」を細かく決めるのではなく、「最低限、何を保障するか」だけを明確にする制度として理解されます。
この点で、リベラリズム系BI論は、福祉国家の拡張ではなく、国家権限の整理・縮減と両立する構想として提示されることが多いのです。

3)尊厳・自律・自由の観点からのBI評価

この思想潮流において、尊厳とは「他者に理由を説明しなくても生きてよい状態」を指します。
失業、病気、介護、学習、創作といった状況にある人が、その理由を行政や社会に証明し続けなければならない状態は、尊厳を損なうと考えられます。

ベーシックインカムは、こうした説明義務や監視から人々を解放し、自律的な生の選択を可能にする制度として評価されます。
一方で、この立場は再分配の弱さや、不平等是正の限界を抱えるという批判も受けています。

社会民主主義・福祉国家系の思想は、市場に任せきりでは解決できない不平等や貧困に対して、国家が積極的に関与すべきだと考える立場です。
個人の自由は重要である一方、その自由が現実のものとなるためには、最低限の生活保障や社会的支援が不可欠だと捉えます。

この立場では、ベーシックインカムは既存の社会保障制度と対立するものではなく、福祉国家を再設計・補完するための選択肢として検討されてきました。
再分配、平等、社会的包摂といった価値を重視する点が特徴です。

この前提を踏まえることで、なぜ社会民主主義系のBI論が「最低所得保障」や既存制度との関係を強く意識してきたのかが理解しやすくなります。

1)既存社会保障の延長線としてのBI

社会民主主義・福祉国家系の思想では、ベーシックインカムは社会保障の代替ではなく、既存制度の限界を補う選択肢として位置づけられます。
失業保険、生活保護、家族手当などが複雑化・断片化する中で、制度の隙間に落ちる人々が増えてきたことが、この議論の背景にあります。

アンソニー・アトキンソンらは、完全なBI導入に慎重な立場を取りつつも、無条件給付の要素を取り入れることで、福祉国家の包摂力を高められる可能性を示しました。
ここではBIは、急進的改革ではなく、制度的現実に即した改善策として語られます。

2)再分配・平等・社会的包摂という論理

この立場で重視されるのは、自由よりもまず社会的平等と包摂です。
市場競争の結果として生じる格差を是正し、誰もが社会参加できる条件を整えることが、国家の正当な役割とされます。

ベーシックインカムは、所得や雇用形態に関係なく一定の基盤を保障することで、貧困の再生産や排除を防ぐ制度として評価されます。
特に、家事・ケア労働や不安定就労に従事する人々への支援として、その意義が強調されます。

3)「最低所得保障」とBIの関係整理

社会民主主義系では、BIと最低所得保障制度はしばしば連続的に捉えられます。
無条件性や普遍性の度合いに差はあるものの、目指す目的は「誰もが最低限の生活を維持できる社会」にあります。

このため、完全なBIよりも、給付付き税額控除や最低所得保障の強化が現実的だとされる場合も多いです。
その結果、BIの思想的急進性が後退するとの批判と、実行可能性を重視すべきだという擁護が並立します。

市場主義・リバタリアン系の思想は、国家の役割をできる限り小さくし、市場と個人の自律性を重視する立場です。
福祉政策についても、行政の介入や制度の複雑化は、非効率や依存を生むものとして批判されてきました。

この立場からベーシックインカムが支持される場合、その理由は「福祉の拡大」ではありません。
むしろ、複雑な社会保障制度を簡素化し、国家の裁量や介入を減らすための手段として位置づけられます。

この前提を理解することで、負の所得税や現金給付を中心としたBI構想が、なぜ「小さな政府」と結びついて語られてきたのかが見えてきます。

1)小さな政府・行政簡素化としてのBI

市場主義・リバタリアン系思想では、国家の役割は最小限に抑えられるべきだと考えられます。
複雑な福祉制度や行政裁量は、非効率と依存を生むと批判されてきました。

この文脈でベーシックインカムは、福祉拡大ではなく、行政簡素化のための手段として評価されます。
制度を一本化し、個人の判断に委ねることで、市場の機能を最大限活用しようとする発想です。

2)負の所得税との思想的連続性

ミルトン・フリードマンが提唱した負の所得税は、この潮流を代表する構想です。
一定以下の所得層に現金を給付することで、最低所得を保障しつつ、労働インセンティブを維持しようとしました。

負の所得税とBIは同一ではありませんが、「現金給付による最低保障」という点で思想的連続性を持ちます。

3)国家介入を減らすためのBIという逆説

この立場におけるBIは、国家が人々の生活に介入しないための制度です。
しかし、再分配効果の限定性や公共サービスの縮小を招く可能性があり、強い批判も存在します。

左派・ポスト資本主義系の思想は、現在の資本主義社会そのものが抱える構造的な問題に強い関心を向けます。
特に、労働を中心に社会が組み立てられてきたことへの疑問や、雇用に依存した生存保障の限界が出発点となっています。

この立場では、ベーシックインカムは単なる所得保障制度ではなく、社会のあり方を転換するための手段として捉えられます。
労働時間の短縮、ケアや創造活動の再評価、資本と労働の関係の見直しといった論点と結びつけて論じられる点が特徴です。

この前提を押さえることで、BIが「資本主義の補完策」なのか、それとも「移行戦略」なのかという議論が、なぜこの潮流で重視されてきたのかが理解しやすくなります。

1)労働中心社会からの転換という問題意識

左派・ポスト資本主義系BI思想は、雇用を中心に社会保障を設計すること自体に疑問を投げかけます。
自動化や非正規雇用の拡大により、安定した雇用を前提とした社会モデルが崩れつつあるという認識が背景にあります。

ガイ・スタンディングは、プレカリアートの拡大を指摘し、労働と生存を切り離す制度としてBIを位置づけました。

2)資本主義の補完か、超克か

この潮流では、BIが資本主義を安定化させる補完策にとどまるのか、それとも超克への足がかりとなるのかが争点となります。
批判的左派は、BIが低賃金労働を温存する危険性を指摘します。

3)BIを「移行戦略」として捉える視点

一方で、BIを社会変革への移行戦略として肯定的に捉える立場もあります。
労働時間短縮、ケアの再評価、創造活動の拡大といった変化を促す制度としてBIが構想されます。

ここまで見てきたように、ベーシックインカムは単一の思想から導かれた制度ではありません。
自由主義、社会民主主義、市場主義、左派・ポスト資本主義思想は、それぞれ異なる問題意識からBIを構想してきました。

本節の目的は、これらを優劣で評価することではありません。
むしろ、どこで思想が分かれ、何を前提として対立しているのかを明確にすることで、以降の制度論・実証論における混乱を防ぐことにあります。

1)労働観の違い(義務/選択/解放)

思想的対立の最も根本にあるのが、労働をどう位置づけるかという問題です。

市場主義や一部の自由主義では、労働は基本的に個人の責任であり、所得獲得の主要手段とされます。
この立場では、BIは労働を妨げない範囲で、最低限の安全網として設計されるべきだと考えられます。

一方、社会民主主義では、労働は社会参加の重要な手段であるものの、市場に委ねるだけでは不公正が生じると捉えられます。
BIは、労働から排除された人々を包摂するための補助線として理解されます。

左派・ポスト資本主義思想では、さらに一歩進み、労働そのものが過度に中心化された社会構造が問題視されます。
この立場では、BIは「労働からの解放」や「労働以外の価値の回復」を促す制度として構想されます。

2)国家観の違い(保障主体/最小化/再編)

次の対立軸は、国家をどのような存在として捉えるかです。

社会民主主義では、国家は再分配と保障を担う主体であり、市場の失敗を補正する役割を持つとされます。
この前提では、BIは国家が責任を持って提供する公共的制度です。

市場主義・リバタリアン思想では、国家は可能な限り縮小されるべき存在です。
BIは、国家が人々の生活に細かく介入しないための「最小限の装置」として評価されます。

左派・ポスト資本主義思想では、国家は単なる保障主体ではなく、再編されるべき政治的構造として捉えられます。
BIは、国家と市場の関係そのものを組み替える契機と位置づけられます。

3)BIが目指す社会像の違い

これらの対立は、最終的にBIがどのような社会を目指すのかという点に集約されます。

・自由な選択が最大化された社会
・平等と包摂が確保された社会
・市場原理が効率的に機能する社会
・労働中心から脱却した社会

同じ「無条件給付」という制度形式であっても、到達点は大きく異なります。
この違いを無視した議論は、必ずすれ違いを生みます。

思想的対立は抽象的な議論に見えがちですが、実際には制度設計や実証研究の評価に直接影響します。
本節では、思想の違いがどのように具体的な制度論・実証論の分岐を生んでいるのかを整理します。

1)制度設計が分岐する理由

思想の違いは、給付額、対象範囲、財源設計、既存制度との関係に反映されます。

自由主義系では、個人の選択を歪めない水準での給付が重視され、他制度の簡素化が志向されます。
社会民主主義系では、再分配効果を高めるため、税制や社会保障との一体設計が重視されます。
市場主義系では、制度の簡潔さと行政コスト削減が最優先されます。
左派系では、労働市場や資本構造への影響を踏まえた大胆な制度設計が構想されます。

2)実証実験の評価が割れる背景

BI実証実験の評価が一致しない最大の理由は、何を成功とみなすかが思想ごとに異なるためです。

・労働供給が減らなければ成功
・貧困指標が改善すれば成功
・精神的安定や健康が改善すれば成功
・社会的関係や活動の多様化が進めば成功

どの指標を重視するかによって、同じ結果でも評価は正反対になり得ます。

3)「どの思想のBIか」を見失う危険性

思想を切り離した制度論や実証論は、「BIは有効か無効か」という単純化された議論を生みます。
しかし実際には、「どの思想に基づくBIが、どの目的に対して有効なのか」を問わなければ意味を持ちません。

思想の違いを明示せずに議論を進めることは、誤解と対立を拡大させる最大の原因となります。

本章では、海外におけるベーシックインカム思想が、単一の理論や立場から生まれたものではなく、複数の思想潮流が重なり合い、分岐しながら形成されてきたことを整理しました。

思想の違いが制度論にどうつながるのか

ベーシックインカムは、制度としては「無条件の現金給付」という共通点を持ちながらも、その背後にある問題意識や目指す社会像は大きく異なります。

自由主義・リベラリズム系は、個人の自由と選択可能性を最大化するための基盤としてBIを捉えてきました。
社会民主主義・福祉国家系は、既存の社会保障制度の限界を補い、平等と社会的包摂を強化する手段としてBIを検討してきました。
市場主義・リバタリアン系は、国家介入を減らし、制度を簡素化するための現金給付としてBIを位置づけてきました。
左派・ポスト資本主義系は、労働中心社会そのものを問い直し、社会構造の転換や移行戦略としてBIを構想してきました。

これらの思想の違いは、単なる価値観の相違にとどまりません。
労働をどう捉えるか、国家をどう位置づけるか、どのような社会をめざすのかという根本的な前提の違いが、制度設計や実証研究の評価に直接影響していることも確認しました。

このように考えると、「ベーシックインカムは有効か、無効か」という単純な問いは、適切ではないことが分かります。
問うべきなのは、「どの思想に基づくベーシックインカムが、どの目的に対して、どのような条件で構想されているのか」という点です。

Ⅲ「政策設計・制度論」で何を検討するのか

次章Ⅲでは、本章で整理した思想的背景を踏まえたうえで、ベーシックインカムがどのように具体的な政策設計や制度論へと翻訳されてきたのかを検討します。
税制や社会保障制度との関係、負の所得税や給付付き税額控除との違いなど、思想が制度として姿を変える過程を整理することで、海外BI論の全体像がより立体的に見えてくるはずです。

思想を理解せずに制度を論じることはできません。
本章が、その前提を共有するための土台となれば幸いです。

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