現代BI論の「父」フィリップ・ヴァン・パリースによる、リアルな自由|「現代BI論を築いた12名の知性」シリーズ(第1回)
はじめに
「シンBI2050」を掲げる当サイトは、今もうそこに来ているAI社会、労働の変容、そして激動するグローバル経済の只中で、私たちがいかに人間一人ひとりが、自分らしい生き方と自由な選択を獲得・確保できるかという根源的な問いに向き合っています。
この壮大で、そう簡単ではない課題に挑む上で、私たちはまず、現代ベーシックインカム(BI)論の礎を築き上げてきた偉大な知性たちに学ぶことを始めます。
彼らの思考の軌跡を辿り、その可能性と限界を徹底的に検証することが、「シンBI2050」の独自の議論を構築するために不可欠な基盤となると考えるからです。
(参照)
⇒ 【シリーズ序論】現代BI論を築いた12名の知性 – シン・ベーシックインカム2050論
フィリップ・ヴァン・パリース著2書が語る、BIの哲学的基盤から社会実装への変容
本シリーズ「現代BI論を築いた12名の知性」の第1回として、私たちはベルギーの哲学者フィリップ・ヴァン・パリースに焦点を当てます。
彼の思想は、単なる救貧策としてではなく、万人にとっての「リアルな自由」を実現するための究極的な公正性の議論へとBIを引き上げました。
彼の哲学が、なぜ今もなお色褪せることなく、私たちの未来への羅針盤となり得るのか、その本質を探ります。
1. 導入:生存の義務から「自由」を奪還する
フィリップ・ヴァン・パリース(1951年~)を現代ベーシックインカム(BI)論の父たらしめているのは、彼がBIを単なる「救貧」の道具から、人間が尊厳を持って生きるための「絶対的な自由の基盤」へと理論的に昇華させた点にあります。
彼が挑んだのは、近代社会が当然視してきた「働かざる者食うべからず」という労働至上主義の倫理そのものです。
本稿では、1995年の『ベーシック・インカムの哲学』から2017年の『ベーシックインカム』に至る彼の思考の軌跡を辿ります。
彼の著作は、一見すると網羅的で教科書的な完成度を誇りますが、その底流には「真の公正性」を希求する極めてラディカルな熱情が流れています。
その可能性を称えつつ、同時にその論理が抱える「現実との深刻な摩擦」を考察します。
2. 『ベーシック・インカムの哲学』(1995年刊):リバタリアニズムへの宣戦布告
1995年の本書『ベーシック・インカムの哲学』は、政治哲学界の勢力図を塗り替えました。
(日本語訳版・2009年刊)(原題:Real Freedom for All – What(If anything)can justify capitalisum)
彼は右派の専売特許であった「自由」という概念を奪還し、左派的な平等と融合させた「リアル・リバタリアニズム」を構築しました。
1) フィリップ.ヴァン・パリース著『ベーシック・インカムの哲学』(日本語翻訳版)構成
以下が、日本語訳版の構成(目次)です。
まえがき
序
第1章 資本主義,社会主義,そして自由
プロローグ
1.1 資本主義 vs. 社会主義
1.2 自由な社会としての純粋社会主義
1.3 自由な社会としての純粋資本主義
1.4 個人主権と集合的主権
1.5 何への自由か? 義務 自律性, 潜在的欲求
1.6 何からの自由か? 二つの強制概念
1.7 形式的自由と実質的自由
1.8 リアルリバタリアニズム
第2章 持続可能な最高水準のベーシックインカム
プロローグ
2.1 ひとつのラディカルな提案
2.2 無条件性と実質的自由
2.3 持続可能性
2.4 現金か, 現物か?
2.5 初期賦与か, 定期給付か?
2.6 実質的自由の尺度は何か?
2.7 競争的な価格設定,機会費用,無羨望
2.8 体制間での実質的自由の比較
付録: ベーシックインカム vs. 負の所得税
第3章非優越的多樣性
プロローグ
3.1 拡張されたオークション
3.2 ピープ・ショーで働くこと,広場でデートすること
3.3 無知のヴェール下での保険
3.4 ドウォーキンに対する四つの異論
3.5 アッカーマン提案の一般化
3.6 不十分な再分配?
3.7 諸他のオルタナティブな戦略
3.8 過大な再分配?
付録1 ローマー対ドウォーキン
付録2 十分さ, ぜいたくさ, 豊富さ, そして最低所得保証
付録3 非優越的多様性と無羨望
第4章 資産としてのジョブ
プロローグ
4.1 クレージー/レイジー問題
4.2 ロールズ対ドウォーキン
4.3 われわれの遺産は増やせるか?
4.4 非 ワルラス的世界における平等な賦与
4.5 ワークシェアリング,買収、稀少性の消失
4.6 ジョブ・オークションから所得税へ
4.7 一貫性のない提案? 才能の不平等に伴う雇用レント
4.8 滑り坂? 働く権利から結婚する権利へ
付録 クレージー, レイジー, 修正されたロールズ格差原理
第5章 搾取と実質的自由
プロローグ
5.1 他人の労働から利得を引き出すこと
5.2 権力,贈与,フリーライド
5.3 ロック的搾取
5.4 創造者保持原理
5.5 ルター的搾取
5.6 努力に応じて各人に
5.7 ローマー的搾取
5.8 資産に基づく不平等
第6章 資本主義は正当化されるか?
プロローグ
6.1 最適資本主義 vs. 最適社会主義
6.2 資本主義的な選好形成
6.3 市場の失敗と無用な活動
6.4 危機
6.5 失業予備軍
6.6 創造的破壊
6.7 人民主権
6.8 ペンギンの島には近づかない
2)本書の主要論点と深掘り考察
上記の目次から、彼の主張の重点を以下、抽出しました。
①「形式的自由」から「実質的自由」へ(第1章・第2章):
パリースは、法律で「何でもしてよい」とされる自由(形式的自由)は、それを行う資力がない者にとっては無意味、絵に描いた餅に過ぎないとしました。
真の自由とは、自分が望む生き方を「実行する手段」を手にしていることである。
この「手段としての現金(BI)」の無条件提供こそが、社会が保証すべき最低限の「公正性」であると彼は論じます。
②「ジョブ・レント」:仕事は特権である(第4章 資産としてのジョブ):
彼が放った最も独創的な論理の一つが、雇用(ジョブ)を一種の「稀少資産」とみなす視点です。
高賃金の仕事に就ける者と、そうでない者の格差は、本人の努力以上に「幸運(資産の占有)」による。
ならば、その資産(ジョブ)を占有している者は、占有できていない者に対して「配当(BI)」を支払う義務がある。
この論理は、現代の格差社会を「個人の能力不足」ではなく「構造的な富の偏在」として捉え直すための、極めて強力な武器となります。
彼は、才能や高賃金の職を『個人の努力の成果』としてのみならず、『社会的な共有財産を一部の人間が占有している状態(雇用レント)』と捉えました。この発想の転換こそが、BIを単なる施しではなく、占有者から非占有者への『正当な清算』へと定義し直したのです。
③「なまけもの」への正当な権利(第4章・第5章):
彼は、サーファーのように働かずに海辺で過ごす者に対しても、BIを支給すべきだと断言しました。
なぜなら、富裕層が相続資産で働かずに生きることが許容される社会で、持たざる者が労働を強制されるのは、明らかな不平等だからです。
この「生存の無条件性」の追求こそ、パリース思想の最もラディカルで、かつ尊い核心です。
因みに、Amazonでの英語版掲載書(電子書籍版)の表紙は、サーファー(ライダー)になっていました。

3. 『ベーシックインカム』(2017年刊):20年の沈黙を破る、社会実装への「正気」
ヴァンデルポルトとの共著『ベーシックインカム』では、若き日の鋭い哲学はそのままに、それをいかに世界という「巨大なシステム」に組み込むかという、より現実的な格闘が見て取れます。
(日本語訳版・2022年刊)(原題:BASIC INCOME – A Radical Proposal for a FreevSociety and a Sane Economy kindle版)
1)フィリップ.ヴァン・パリース、ヤニック・ヴァンデルポルト共著『ベーシック・インカム』(日本語翻訳版)構成
はじめに
第 1 章 自由を実現する手段
Chapter 1:The Instrument of Freedom
新たな世界
ベーシックインカム
現金給付
個人単位の所得
普遍的な所得
義務を課さない所得
健全な経済
第 2 章 ベーシックインカムと、その親戚たち
Chptar 2:Basic Income and Its Cousins
ベーシックインカム対基本的一括付与
ベーシックインカム 対負の所得税
ベーシックインカム 対動労所得税額控除
ベーシックインカム対貸金補助
ベーシックインカム 対雇用保証
ベーシックインカム対労働時間削
第 3 章 ベーシックインカム前史:公的扶助と社会保険
Chapter 3:Prehistory: Public Assistance and Social Irurance
想像段階の公的扶助:ビーベスの 「DeSubventione Pauperum (貧しい人への扶助について)」
実践段階の公的扶助:イープル市の教法からロックの思想まで
脅かされる公的扶助:スピーナムランド制度と描り戻し
大胆な宣言:啓蒙主義と革命
社会保険:コンドルセからビスマルクまで
社会保険の後の公的扶助:ルーズベルトからルーラまで
第 4 章 ベーシックインカムの歴史: ユートピア主義者の夢から全世界的な運動へ
Chapter 4:History: From Utopian Dream to Worldwide Movement
構想段階のベーシックインカム:トマス・スペンス対トマス・ペイン
国家規模のペーシックインカム:ジョセフ・シャルリエ
真剣に検討されるペーシックインカム:ジョン・ステュアート・ミルのフーリエ主義
議論が深まるベーシックインカム:第1次世界大戦後のイギリス
1960年代初頭の保証所得:セオボルト対フリードマン
アメリカのリベラル派のベーシックインカム:トーピンとガルプレイス
短命に終わった絶頂期:マクガヴァンの「デモグラント」
ユニークな成果:アラスカの配当金
国を超えたネットワーク:ヨーロッパから世界へ
第 5 章 倫理的に正当化可能か? フリーライド(ただ乗り) 対公平な分配
Chapter 5:Ethically Justifable? Free Riding Versus Fair Shares
ベーシック・インカムとフリーライド
万人の実質的自由
ジョン・ロールズ対マリブ海岸のサーファー
ロナルド・ドウォーキン対海辺の不良者
リベラル平等主義者が反対する理由
リバタリアニズムと土地の共同所有
マルクス主義と、共産主義へ至る資本主義的な道
ベーシックインカムと幸福
第 6 章 経済的に持続可能か? 財源、実験、移行の方法
Chapter 6:Economically Sustainable? Funding Experiments, and Transitions
労働所得
ベーシックインカムの実験
負の所得税の実験
計量経済モデル
資本
自然
貨幣
消費
カテゴリー別のベーシックインカム
世帯ごとのペーシックインカムと税の上乗せ
部分的なベーシックインカム
第 7 章 政治的に実現可能か? 市民社会 政党、 裏口
Chapter 7:Politically Achievable? Civil Society. Parties, and the Back Door
世論
労働組合
雇用者
プレカリアート
女性
社会主義者
自由主義者
環境保護論者
キリスト教徒
組織なき結束
参加型所得と裏口
おわりに
2) 本書の主要論点と深掘り考察
①「正気な経済(Sane Economy)」への意志(第1章・第6章):
パリースは、際限なき成長と消費に依存する現在の経済を「狂気」と捉えます。
BIは、人々が「過度な労働」から降りる選択肢を与えることで、環境負荷を下げ、人間らしい生活を取り戻すための経済的ブレーキとして機能する。
これは、現代の脱成長論とも共鳴する、非常に先見性のある提案です。
②歴史的文脈の再構築(第3章・第4章):
トマス・ペインからアラスカの配当金まで。
BIを「一過性のアイデア」ではなく、人類が数世紀にわたり求め続けてきた「未完の権利」として歴史化しました。
これにより、BIは単なる政策論から「文明の必然」へとその地位を高めました。
③倫理、政治、経済、3つの視点からのBI考察(第5章・第6章・第7章):
一般的にBI導入の視点として多様に考察が行われるのですが、本書では、倫理的、経済的、政治的3つの視点から。
それぞれの考察は、BIの根拠としての正当性・妥当性・実現性を問いかけるものです。
果たして、彼の自説の論拠との親和性や違いはどうでしょうか。

4. 可能性と限界:6つの視座に基づく徹底考察
ここからは、これから当サイトが掲げてシン化させていく「シンBI2050」の視座により、彼の思想が直面している「限界」や「課題」を抽出します。
これらを乗り超えていくこと、あるいは超越することが、当サイトの課題なのです。
1)理論的・構造的な考察
①理論自体の欠落と不十分性:
パリースの理論は「富の再分配」には驚くほど精緻ですが、「富の創出」と「通貨システムの限界」に対する洞察が不足しています。
現在のグローバル金融システムにおいて、一国がBIを導入した際の通貨価値の下落や、国際的な資本逃避に対する処方箋は、彼の「公正性の論理」の中には十分に組み込まれていません。
②人間理解と現実との乖離:
彼は「自由を与えれば、人は自発的に善き活動(ボランティアや学習)へ向かう」という、極めて楽観的な人間観(カント的な自律的個人)に立脚しています。
しかし現実は、孤立した個人が無条件の現金を得たとき、それが「社会的紐帯の喪失」や「依存症の深化」を招くリスクを、心理学的な側面から十分に考慮できていません。
自由は、時として人間にとって「耐えがたい重荷」になり得るのです。
ただ、それも一部偏った見方、穿った捉え方ではありますが。
③実装を阻む構造的な壁:
既存の社会保障制度の多くは「労働を通じた貢献」に基づいています。
この「貢献の規範」こそが、パリースの理論が最も嫌うものであり、同時に社会を安定させてきたOSでもあります。
このOS「働かざる者、食うべからず」を書き換えるための「移行のコスト(心理的・文化的コスト)」を、彼は「論理の正しさ」で解決できるとすることも、ある意味、イージー、楽観的な嫌いがあります。
2)社会的・政治的な考察
①「右」と「左」の合流がなぜ起きないのか:
保守派マレーとの共通点(行政の簡素化)がありながら、パリースが目指す「最高水準の給付」は右派にはコスト過大であり、左派には、例として「労働組合の解体」と映ります。
彼の理論が「あまりに完璧な公正性」を追求したがゆえに、政治的な妥協や泥臭い合流を阻む障壁となっている点は、皮肉な限界と言わざるを得ません。
②パラダイムシフトの拒絶と倫理の衝突:
「分配中心型経済」への移行は、私たちの内なる「勤勉革命」以来の倫理観を破壊します。
パリースは「自由」を最上位に置きますが、大衆は「自由」よりも「役割」や「貢献感」による安心を求めているのではないか。
この倫理性・倫理観のズレこそが、彼が30年以上訴え続けてもなお、主流派になり得ない根本原因ではないかと、考えうるでしょう。

総括:パリースの「限界」を超えて、シン・ベーシックインカムは、近未来2050年へ向かう
パリースの功績は、「働かなくても生きてよい」という問いを、個人的なわがままから、公共の公正性の議論へと引き上げたことにあると評価されています。
彼の理論は、今後のグローバル社会におけることと同様、日本が直面するであろう「AIによる労働の消滅」を想定し、その対策として活用できる、強力な理論的防壁となりうるものでしょう。
確かに、パリースの著作は、BIのあらゆる論理的批判を想定し、先回りして回答を用意した、いわば『現代BI論の巨大な辞書』であり、「教科書」でもあります。
その圧倒的な網羅性は、私たちが議論に迷った際の確固たる座標軸となります。
しかし、私たちはこの美しい辞書・教科書を通読、あるいは時に引用することで満足してはいけないでしょう。
そこに書かれた正論が、なぜ現実の政治や経済を動かす『解』となり得ないのか。
その沈潜した現実にこそ、私たちが向き合うべきシンの課題が存在しているといえます。
巨人の肩に乗りつつも、その視線の先にある「教科書的辞書が記述しきれなかった生身の人間社会、人間心理の脆弱さや綾」そして「マクロ経済の構造的制約」などを、私たち当サイトは、シンBI2050として描いていくべきと考えています。
次回は、パリースが描いた「自由」が、現実の労働市場でいかに「不安定さ(プレカリアート)」という牙を剥いているのか。
もう一人のベーシック・インカムの父、ガイ・スタンディングの、より悲痛で、より生活に近い、シビアな叫びから、BIの必要性を再考察します。
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