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専門書・専門家シリーズ記事

ガイ・スタンディング著『ベーシックインカムへの道』を読み解く|13記事統合による全体像と核心:旧サイト記事集約移管シリーズ-1


今回は第7回「第8章 仕事と労働への影響」を取り上げます。

第8章 仕事と労働への影響
 ・無給の仕事が増えていく
 ・お金を手にすると仕事量は減るのか?
 ・プレカリアートの仕事と労働
 ・性別役割分業が弱まる
 ・働く権利
 ・参加所得
 ・もっと怠けよう
 ・創造的な仕事と再生の仕事
 ・障がいと稼働能力調査
 ・仕事と余暇の優先順位

以上の構成の本章。
いつものように一応この構成に準じますが、多少アレンジして概括することにします。


20世紀に入ってからこうなってしまった社会的経済的状況への疑念から、本章は始まる。
自宅での家事や育児、介護がそうで、これらが外部委託により金銭を支払えば、受け取った側の仕事は労働報酬としてカウントされるわけだ。
ボランティア活動等これ以外の領域においても金銭報酬が支払われない多くの種類の大量の仕事は存在し、今もなお拡大し続けている。

ベーシックインカムが支給されれば、一層、金銭報酬を目的とはしない「無給の仕事」に携わる人々が増える。
むしろ「仕事」という概念や枠組みさえも薄らぎ、芸術やスポーツ活動や興味関心が強い対象の探究や社会活動、自己啓発など、自身が望む生き方を自由に選択する人々が増えるだろう。

その中から、創造的価値が評価され、あるいは起業に至り、生産的活動による付加価値を創造することさえありうるわけだ。
好まない労働市場に導かれ、やりがいのない賃金労働に従事することから高い生産性は期待できないことと対比しても。
その視点は、前回の「第5章 経済的議論」の経済成長をめぐる議論と結びつくわけです。
そんなことをガイ氏は種々例を上げて論じている。

次に展開するのが、「第4章 貧困、不平等、不安定の緩和」の中で語られた<経済的な不確実性>と関連する共通の問題点。
すなわち、既存の福祉制度の限界・問題点を改善・解消するBIが、実は人々を仕事から遠ざける、仕事をしなくなる人々を増やすという批判に対しての反論である。

「お金を手にすると仕事量は減るのか?」というここでの問いかけは、第4章での「給付金は浪費されるか?」という問い掛けの線上にあるとも言える。
すなわち、第4章と第5章でテーマとした経済的視点でのBI論の一部は、仕事・労働論を主旨としていることが共通であり、それらの価値評価の問題と言い換えることができる。

BIは人を怠け者にする故に「働かざるもの食うべからず」という考え方から反対する。
いや、BIは、望まない雇用・職業を回避し、自らが求める仕事や活動に向かうことで、起業や価値創造、生産性向上をもたらし、経済に貢献する、とこれまでに述べてきた実験例や2016年のスイスでのBIをめぐる国民投票前に行われた意識調査結果を紹介し、BIがもたらす効果を主張。
当シリーズの序論とした冒頭の記事でも述べているように、同じ内容の繰り返しが、特に労働経済の視点から再三再四行われるのです。

こうした交わることのない相互の反論の紹介は、個人的にはほとんど意味がない、不毛のものと考えています。
またこれも再三再四申し上げてきていることですが、そしてまたこれを言うと、当シリーズの残る後半の多くを占める内容の否定・批判にもなるのですが、種々のこれまでの実験の紹介で、BIの必要性・妥当性を正当化しようという試みは、決してBIの賛同者を増やすことにも、BIの理解者を増やすことにも寄与しないのではと考えています。
いわゆるデータが実証する、Evidense based policy というのでしょうが、何をもって、どの基準を用いて、成否の判断を下すのか、合理性に欠けるのです。

次いで取り上げられている2つのテーマは、以下、簡単に。
・「プレカリアートの仕事と労働」というテーマについては、ここまでの議論の域をでず、常に経済的な安全を欠き、権利をことごとく奪われている人たち「プレカリアート」の収入の土台になるBIの有効性・有用性の主張は、概ねそうでしょう。
・「性別役割分業が弱まる」というテーマは、いうまでもなく、女性の家事・育児・介護等の無償の仕事がもたらしている大きな不平等が、世帯ではなく、個人に支給されるBIにより、根本的に改善されることを提示するものです。
ただここではもう一つ別の視点で、「性的サービス」労働もBIにより、劣悪な条件や当産業からのからの脱却・脱出が可能としていることを付け加えておきます。
・「もっと怠けよう」というテーマについては、ここまで繰り返されてきている労働問計上「賃金労働」に組み入れられない無報酬の仕事・活動にあたる「無業」のさまざまな状態・態様をまたまた取り上げ、レイバリズム(労働主義)を批判。
・「創造的な仕事と再生の仕事」も、やはり、BI給付がもたらす個々人の種々の領域への意欲や情熱の発出とそれらがもたらすであろう価値を再生や再生産という用語を加えて、しつこく主張。
・「障がいと稼働能力調査」では、一転して、というよりも、これも再三主張してきた資力調査などを必須としてきた従来型の福祉制度の問題を再度取り上げ、「稼働能力調査」に置き換えて、BI導入時に配慮すべき給付のあり方を提案。

考え方の相違というよりも、それぞれの考え方の基本要素の切り取り方の違いがもたらす、ベーシックインカムの主張・反論ゲーム。
そうした考え方や主張が種々あり、それらの根拠としての種々の実験結果が、解釈の違い、視点の向ける方向の違いにもよって正反対の意見をもたらしている。
本書をさほど評価しない理由の一端は、そうした事例紹介を何度も繰り返している点にあります。
その中で意外に用いられていないのが「ワークフェア」という用語であり、その考え方と基盤として生み出され、一部の国で導入された実績もある「負の所得税」や「給付付き税額控除」というベーシックインカム制度であるかのように例えられる制度。
その観点・問題意識から、本章の中の「働く権利」という節には着目しておく必要があるかと思います。
ガイ氏の主張を少し紹介します。

「働く権利」という考え方が意味を持つとすれば、それは、創造と生産と再生のための能力を自由に育む権利と位置付けられた場合だけだ。
このような意味での「働く権利」が守られるためには、すべての人が基礎的な収入を保障される必要がある。
それがあってはじめて、すべての人が十分な自由と安全を手にし、才能を花開かせ自分の望むとおりに有給と無給の仕事を組み合わせられるからだ。


すべての人が自由と安全を手にできるかどうか、自分の望むとおりに仕事を組み合わせられるかどうかなど断定することはムリなはずですが、「働く権利」概念については、私がベーシック・ペンションを憲法に規定する基本的人権を根拠としていることと通じています。
その概念提起においては、19世紀以降の宗教的歴史的背景や国際機関の提唱などを用いていますが、ここでは省略します。
まやこの次のテーマが、この権利の行使・活用のためのものとしてベーシックインカムを位置づけるのかと思わせる「参加所得」ですが、この概念は、何らかの社会貢献を前提としたものと否定的に扱ってスルーという感じとしたのは少しばかり残念でした。

で結局、本章の最後のテーマが「仕事と余暇の優先順位」。
その内容がイメージさせるように、同じ主張の蒸し返しであり、「休みなく労働と消費に励むことを土台とする経済システムのなかで生きる私たちには、スローダウンが必要だ。ベーシックインカムは、その背中を押すことができる。」と結んだことには、スローダウンではなく、なんとも言えぬ脱力感を覚えさせられることになってしまいました。

「総括を!」という意欲が起こらない本章でした。
経済学者と名乗るガイ氏のベーシックインカム論。
教科書として位置付けたいと思う者としては、経済第一主義に基づくBI論者に対して、どのように論駁し、ベーシックインカムの経済的意味・意義をどんな切り口で提示するか、そのメッセージ性をも期待していたのですが、ここまでのところ見事に期待は裏切られたという思いです。
まあ、社会正義、自由、平等をBIの起点とし、経済的意義は、そのおまけみたいな展開をしているので当然といえば当然なのですが。
ならば最低でも社会保障制度の観点からの深掘りがあってしかるべきと思うのですが、それも不発。
ちなみに、ベーシック・ペンションは、社会経済システムとしての制度と位置付けて提案しています。
一応ベーシックインカムの教科書として全13回を構想化した本シリーズ。
教科書ですから総合的になぞる必要もあるので、ここは辛抱して、また、意外な主張・提案があるやもという淡い期待も持ちつつ、次回「第9章 そのほかの選択」に向かいます。

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