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専門書・専門家シリーズ記事

ガイ・スタンディング著『ベーシックインカムへの道』を読み解く|13記事統合による全体像と核心:旧サイト記事集約移管シリーズ-1


今回は第6回「第5章 経済的議論」を取り上げています。

第5章 経済的議論
 ・経済成長
 ・自動安定化装置としての役割
 ・金融機関のための金融緩和から、人々のための量的緩和へ
 ・ユーロ配当
 ・AIロボット時代への準備
 ・経済面のフィードバック効果


以上が本章の構成ですが、これまで同様この流れに沿って、少しアレンジしながら、ガイ氏による、ベーシックインカムの経済的議論の中身を以下なぞっていくことにします。

これまで見てきたように、社会正義・自由・安全をベーシックインカム(BI)導入の主要因とするガイ氏ですが、経済成長を後押しし、持続させられること、景気循環の波を小さくできること、テクノロジーの激変により大規模失業の発生時に失業者を保護できるなど、経済面でも利点が多いことを本章冒頭で提示しています。

そこでまず初めに、経済成長を後押しするBIがもたらす影響と好循環についてのポイントを以下、順を追って整理してみます。

・経済に流れ込む金が増え、総需要が増加し、経済成長が加速
・仮にBIが他の政府支出の削減によってまかなわれ、政府支出総額が変わらなくても、低所得者層の購買力を高め、総需要を拡大
・BIによる成長は、高所得者層の輸入品購入・海外旅行支出、低所得者層の地元製品・サービス消費などを促進し、「国際収支の天井」の回避に
・インフレ懸念が語られるが、その主張は一面的で、資金量が増えて需要が刺激されれば、モノやサービスの供給も増え、かつ雇用も増える可能性もあり、それにより所得が増え、支出力も高まり、さらに生産性が拡大する可能性も

・中小企業や起業家に好ましい影響を与える ← 経済的な安定の確保により、リスクを伴う起業に前向きに
・不本意ながら自営業やフリーランスで働く人への安心提供
・自分の適性や意欲に合う分野を選びやすい状況を作り出せる
・人材が適切な職に振り向けられ、仕事に対する熱意も高まり、生産性が向上
・賃金労働から、ボランティア活動、地域コミュニティ活動、育児・介護支援、自己啓発等、他のさまざまな活動への移行を後押し
・雇用拡大、雇用対策のために新規雇用の創出の必要性や資源の枯渇・地球環境への負荷につながる仕事の創出の必要性がなくなるなど、環境面・社会面でより持続可能な高い経済成長を促す。

 

こうしたBIの利点・意義を強調する上で、前章でも取り上げていた従来の伝統的なケインズ経済学における福祉国家の主たる仕組みとしての社会保険制度の特性と現状での限界について、自動安定化装置になぞらえて述べています。

すなわち、好景気によりインフレ圧力が高まると、支援が必要な失業者が減少し、福祉給付のための政府支出も減少し、景気加熱にブレーキがかかる一方、景気後退期には、失業手当や他の福祉給付が増え、需要が刺激され、景気回復を後押しする。

こうしたマクロ経済において自動安定装置として機能して既存福祉制度が、既に機能しなくなってきた。
すなわち、資力調査等条件付き支援への移行が進められ、社会保険の規模が縮小し、加えて、財政均衡と政府債務削減のための歳出削減策等の新自由主義思想に基づく財政緊縮策の推進が、その装置の機能を弱めてきたと。
しかし、こうした事態においてのBI給付が、ある程度の自動安定化装置の役割を果たすとするのです。

その効果を高める方法として、ガイ氏自身が、「ささやかな固定額のBIに加えて、「安定化」のための給付金を上乗せして給付する」という重層型のBIを提案。
そのポイントは
・上乗せ部分は、経済状態によって変える
・具体的な金額は、独立した委員会に決めさせる=中銀の政策金利決定のための委員会と同様の位置付け
・雇用が好調時は、高所得に就く機会多く、給付金抑制。景気後退期の給付金増額は「機会所得」減少を埋め合わせる
・このプロセスにおける求職活動の証拠を要求しない安定化給付金制度の以下の3つの利点
 1)経済の自動安定化装置の役割 2)政府による受給者への私的介入なしで、受給可否にも恣意性がない 3)政府予算の節約

なお、こうした方法の有効性を示すものとして、2007~08年金融危機時のオーストラリア政府による、年金生活者・ケア提供者・低所得世帯の子ども対象の1000オーストラリア・ドル超の1回限りの給付の成功例を紹介しています。

2007~08年の金融危機後の景気後退を受けての日本を含む各国で採られたデフレ脱却のための金融政策「量的緩和策(QE)」。
この時期が、短期間であってもBI導入のチャンスだったとガイ氏。
しかし、その政策が、この期間を含む日本の「失われた20年」説に見られるように、その目的を達したとは決していえない。
タラレバになるが、ガイ氏は、その莫大な資金のごく一部でもBIに振り向けていれば、より経済成長を促進し、あるいは、貧困層の生活支援に有効であったであろうと。
しかし、その政策は、逆に大口投資家が潤い、所得格差の拡大を招き、年金制度の資金不足にも拍車をかけただけだった。

実は、こうした経済成長を促すべく人々に直接お金を配るというアイディアは、著名米国経済学者ミルトン・フリードマンが1969年という早い時期から提案していた。
そこで彼の考えを分かりやすく説明するために用いたのが、ヘリコプターからドル紙幣をばらまき、拾わせるという、品がなくセンスもない「ヘリコプター・マネー」。
これに追随する者として債権投資家ビル・グロスや経済ジャーナリストマーティン・ウルフらを挙げている。
その表現とこれを主張するリバタリアン(自由至上主義者)を批判しつつ、平等性・公平性に基づき、BIをささやかな金額でも、定期的に給付する方が、公正で効率的とガイ氏。

次に実現したものでなく、構想レベルのものとして、BI的制度提案としてEU諸国の関心を集めている哲学者フィリップ・ヴァン・パリース提案の、月額200ユーロをすべてのEU住民に配るという、「ユーロ配当」を紹介。
20%の付加価値税を財源とし、給付総額はEUのGDPの約10%。
ユーロ配当は、米国に一応ある2種類の安定化メカニズム、すなわち
1)地域によって経済発展の度合いに差があるとき、労働者の移動が容易
2)地域間での半自動的な資金の移動
のうち、後者化の安定メカニズムを創出し、低所得者の人口流出を抑制可能に。
この給付金制度は、EU統合の分かりやすい象徴になり、単一市場と官僚主義的規制がEUのすべてではないという重要なメッセージになると、皮肉を込めて強調しています。


近年のBIへの関心の高まりの要因の一つに必ずあげられるのが、IT革命、AIの進化がもたらす大幅な職種・雇用の喪失・減少がある。テクノロジー失業ともいわれるものだ。
本章でガイ氏は、この問題について論じている。
マーティン・フォード、ニック・スルニチェク、アレックス・ウィリアムズ、ポール・メイソンなどによる「雇用なき未来にはBIが不可欠になる」という主張や、シリコンバレーの実力者やテクノロジー業界、投資家ビル・グロス等の大物著名人たち、サービス従業員国際労働組合(SEIU)アンディ・スターン前議長等の賛同を紹介。
また、12月の大統領経済指紋委員会で退けられはしたが、2016年7月にホワイトハウスで行われたFBライブ討論会で、オートメーションとBIについて話し合われたことも添えている。
こうした状況を踏まえてのガイ氏の意見を以下ピックアップしておきたい。

・「労働塊の誤謬」と呼ばれる誤解の最新版といえる、雇用のない未来、仕事をする必要のない未来がやってくるという考え方・予測を鵜呑みにはできない。
・全面的に自動化される仕事はごく一部に過ぎず、OECDによれば、自動化により消滅リスクにさらされている職は、先進国の場合、全体の9%にとどまる。
・しかし、仕事の性格の変化は避けられず、急速に進み、(前回記事でもあったように)不平等と不確実性の一層の深刻化も同様であり、BIの必要性を促す。
・差し当たり問題なのは、人間の仕事が突如消滅することよりも、所得分配に深刻な不平等が存在し、かつテクノロジー革命自体が、所得の不平等を拡大させていることである。
・しかし、それにより逆説的に、テクノロジーを要因とする所得の不平等を、資本課税を財源にBIを導入する論拠ともでき、その恩恵をすべての人に行き渡らせるための手段にできるとする考えを持つ者として、WWWの生みの親ティム・バーナーズ=リー、物理学者・天文学者スティーブン・ホーキンス、IMFのシニアエコノミスト等を挙げている。

BIの経済議論としての本章の最後は、これまでの本章の論述の捕捉にとどまるもの。
「経済面のフィードバック効果」というタイトルを持つまとめ・総括としてはインパクトの弱いものとなっていたのが残念です。
BI導入で、実質的なコストが大幅に下がるとしていますが、ここでは、そうした効果を実証したとする各種実験事例の紹介を踏まえての以下の例の列記にとどめます。
・現金給付プログラムでは、子ども・赤ちゃん、病人・障がい者の栄養状態と健康を改善する効果
・受給者が食料を確保できる確実性の高まりと健康状態の改善
・精神の健康状態の改善
・医療や刑事司法、社会的支援コスト等の公的支出削減

BIの経済的議論の主課題の一つは、実は、間違いなく、前章で取り上げた、経済的な不確実性・不安定性にあったと考えます。
それを前章で取り上げたため、本来なら、資本主義経済のあり方をめぐる経済成長のあり方をBIと関連させてより深めて論じるべきだったと思います。
しかし、それはガイ氏にとって、また本書のテーマにおいて、望ましいものでなかったはず。
むしろ、当シリーズで順序を入れ替えて次回のテーマに組み入れた「第8章 仕事と労働への影響」を、本章の経済的議論に組み入れて、あるいは、本章と連続させて展開するべきではなかったかと思います。

デフレ経済からの脱却、緊縮財政の転換というスローガンに基づく、経済第一主義の観点からのベーシックインカム導入論が、近年の日本の多くのBI提案者の流れです。
こうした状況を、当サイトでは、著書や活動例の紹介を兼ねて、以下の記事で取り上げてきました。

(参考):反緊縮、経済第一主義面からのベーシックインカム論記事集
ベーシック・インカムとは-3:AIによる脱労働社会論から学ぶベーシック・インカム (2020/6/16)
朴勝俊・山森亮・井上智洋氏提案の「99%のためのベーシックインカム構想」ー1(紹介編)(2021/4/8)
朴勝俊・山森亮・井上智洋氏提案の「99%のためのベーシックインカム構想」ー2(評価編)その意義と課題 (2021/4/9)
小野盛司氏の経済復活狙いのみのベーシックインカム案? (2021/2/25)
経済重視の左翼対脱経済のコミュニズム:資本主義をめぐるこれからの政治と経済(2021/4/20)

(参考):「『資本主義から脱却せよ』から考える社会経済システム」シリーズ
1.資本主義リアリズム、加速主義、閉塞状態にある資本主義の正し方:『資本主義から脱却せよ』から考える社会経済システム-1(2021/5/7)
2.知らなかった、民間銀行の濡れ手で粟の信用創造:『資本主義から脱却せよ』から考える社会経済システム-2(2021/5/9)
3.信用創造廃止と貨幣発行公有化で、資本主義と社会はどうなるのか:『資本主義から脱却せよ』から考える社会経済システム-3(2021/5/11)
4.資本主義脱却でも描けぬ理想社会:『資本主義から脱却せよ』から考える社会経済システム-4(2021/5/13)

(参考):<『「現金給付」の経済学 反緊縮で日本はよみがえる』から考える>シリーズ
1.井上智洋氏ベーシックインカム論総括とベーシック・ペンション2022提案に向けて:『「現金給付」の経済学 反緊縮で日本はよみがえる』から考えるー1(2021/10/17)
2.コロナ禍ゆえ、長引く不況ゆえだけのためのベーシックインカムではない:井上智洋氏著『現金給付の経済学 反緊縮で日本はよみがえる』から考える-2 (2021/10/25)
3.「自助・共助・公助」理念と相反するベーシックインカム:井上智洋氏著『現金給付の経済学 反緊縮で日本はよみがえる』から考える-3 (2021/11/4)
4.3段階に分けて導入する二階建てベーシックインカム:井上智洋氏著『現金給付の経済学 反緊縮で日本はよみがえる』から考える-4(2021/11/6)
5.デフレ脱却やBI実現には、政府の「借金」「財政不健全化」が望ましい:井上智洋氏著『現金給付の経済学 反緊縮で日本はよみがえる』から考える-5 (2021/11/9)
6.脱成長vs反緊縮と経済第一主義とベーシックインカム:井上智洋氏著『現金給付の経済学 反緊縮で日本はよみがえる』から考える-6 (2021/11/12)

しかし、ベーシック・ペンションBPは、ガイ氏主張の社会正義、自由、平等を主目的とせず、上記の経済第一主義的BI論に与するものでもありません。
本章との関連では、むしろ経済成長というキーワード自体には反対する立ち位置を取っています。
成長というよりも、安定・安心経済システムと安心・安全社会システムを統合させて、生きる権利を確保するためのベーシック・ペンション生活基礎年金制度を掲げています。
ただ、ベーシックペンションが誘発する可能性があるインフレ等の経済面での影響については、当然予測と対応を考慮すべき責務はあります。

その最大の理由は、BPが、日本国内にのみでの利用に限定される専用デジタル通貨で給付されとしますが、その額が、最大で年間200兆円近くという膨大なものであるためです。

いかに専用デジタル通貨とはいえ、どの段階かで、通常の法定通貨・円へのデジタル通貨円の転換を必要とするため、その額を極力減額する方法・ルールを設定しますが、それなりにインフレ懸念を抱かせるレベルになることはやむを得ません。

ただ、利用限定のルール上可能なのは、
・衣食住の基礎的な生活必需品と日常的なサービス利用に限定していること、
・海外からの輸入への依存度が高く、国内物価に影響を与える各種原料・材料等については、長期的な国内政策で、自給率を高めていくこと
をBI導入の基本条件として設定することで、インフレ圧力からの回避・減衰を企図しています。

また一般的経済理論に基づくインフレリスクやインフレ抑制政策については、その実効性に疑問が持たれ、合理性を欠いていることも現実にあり、従来のインフレ論でBI、BPを議論する根拠が薄らいでいるのも事実です。
従い、そうした関連情報や考察も参考にしながら、不足する点、脆弱な点を少しでも克服すべく検討・考察を続けていきます。
その検討対象に本書が含まれることはいうまでもありません。

次回は、「第8章 仕事と労働への影響」を取り上げます。

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