ガイ・スタンディング著『ベーシックインカムへの道』を読み解く|13記事統合による全体像と核心:旧サイト記事集約移管シリーズ-1
貧困問題から生活の経済的不確実性対応のためのベーシックインカム重視へ|『ベーシックインカムへの道』考察シリーズ-5:「第4章 貧困、不平等、不安定の緩和」から(2022/11/29)
今回は第5回。
「第4章 貧困、不平等、不安定の緩和」を取り上げます。
1.「第4章 貧困、不平等、不安定の緩和」構成
第4章 貧困、不平等、不安定の緩和
・貧困
普遍主義と透明性
・給付金は浪費されるか?
・不平等と公平
主要な「資産」に関する不平等
・経済的な安全 ー不確実な生活という脅威
・リスク、レジリエンス、精神の「帯域幅」
以上の構成からなる本章ですが、これまでのように、私の解釈やアレンジも加えて、自由になぞっていくことにします。
2.世界人権宣言第25条1項より
人は誰でも、衣食住と医療、社会サービスなどの面で、自らと家族の健康と幸福を確保できる水準の生活を送る権利がある。
また、失業、病気、障がい、配偶者の死亡、高齢など、本人にはどうすることもできない理由により生計を立てられないときは、生活の保障を受ける権利もある。
本章は、以上の<世界人権宣言第25条1項>の引用を序文的に用いることから始まっています。
そして、これを受けて、以下、問題提起します。
ベーシックインカムを導入すべき根拠として最もよく言われるのは、貧困を削減するための最も有効な方法であり。最も直接的で透明性が高く、行政コストも比較的少なくすむという主張。
これに、経済面での基礎的な安全を保障するのに適しているという主張が加えられるが、その論拠として、市場指向が強い今日のグローバル資本主義下における、経済的な安全を脅かす最大の要因である不確実性を取り上げ、それがリスクと違って、旧来型の保険型システムによっては適切の対処できないため、としています。
本章の主張は、ここに集約されていると思います。
その論述の裏付け、あるいは理由などが、上述の本章の目次に従って展開されていますが、今回は、その中から印象深く感じた点のみを、いくつか抽出していくことにします。

3.貧困問題の本質と貧困対策としてのべ-シックインカムとその特徴
1)絶対的貧困層の拡大
グローバリズムの進展で、一部の新興国の生活水準が向上し、世界の絶対的貧困率が改善されたかのようにみえる。
しかし、多数の国家では貧困率が上昇し、2007~08年の金融危機以降の財政緊縮政策により、先進国での絶対的貧困者が大幅に増加。
世界は過去になく豊かにはなったが、短期的・中期的に所得面の貧困が解消される兆候はなく、絶対的貧困と相対的貧困が改善どころか深刻化している、と。
2)増加するプレカリアート
常に経済的な安全を欠き、権利をことごとく奪われている人たちをプレカリアートと呼ぶが、先述の貧困問題の拡大により、あらゆる先進国の大勢の人々がその状態にあり、富裕層やエリート層への所得の占有化をもたらす経済成長に伴って確実に負け組になる、とも。
3)雇用創出による貧困解決政策・制度は逆効果、広がる相対的貧困
加えて、雇用創出により、経済的な不安や不安定、そして貧困からの克服を図るという戦略・政策は、次第に適用しなくなるどころか、逆効果にさえなっていると。
実際に、物価上昇率を考慮すれば、実質賃金の伸びの恩恵を受けるのはごく一部で、多くは下落しており、雇用自体も不安定化が募り、相対的貧困の増加を促してさえいる。
その根幹に潜むのが、後述する所得再分配システムの破綻である。
4)ベーシックインカムが持つ普遍主義と透明性
こうした貧困問題の対策としてベーシックインカムが有効というのだが、現状の多くの社会保障制度との違いとして「受給者の尊厳を損なうことなく貧困を緩和できる」ことという。
資力調査に基づく制度は、プライドや恐怖心、制度の無理解などの要因により、本当に支援を必要とする人たちが申請せず、ごく一部に給付がとどまることが常態化している。
しかし、すべての人が無条件で受け取ることができるという普遍性と透明性を持つBIならば、支援を受けるのに「ふさわしい」・「ふさわしくない」という、恣意的で不平等になりがちな線引きとそのためにかかるコストが不要になる。
なお、BIの<普遍主義と透明性>を論じるにあたって適切な例として、カナダ・マニトバ州ドルフィンで1970年代に行われた失業者や低所得者に対する最低所得の無条件給付の実験を紹介しています。
この事例については、当サイトで以下の記事で取り上げていますので、確認頂ければと思います。
⇒ カナダオンタリオ州ミンカム等ベーシックインカム、実験導入事例紹介-1(2021/3/6)
5)「貧困の罠」「不安定の罠」を克服するベーシックインカム
またBIを、貧困解消の最も有効な手段とする理由として、「貧困の罠」の克服と「不安定の罠」の緩和を挙げている。
「貧困の罠」とは、福祉受給者が、労働による所得を得ることで、税や社会保険料の控除や他の必要経費負担により、福祉受給時よりも実質的に所得が減ること、それを理由にして、就労を回避することを選択する傾向をいう。
「不安定の罠」は、現状の福祉の受給資格者が、雇用により所得を得るようになり、一旦受給資格を失った後、再度受給資格に戻った場合、すんなり給付が再開されないことを不安に思い、短期の仕事に就くことをためらう傾向があること。
一般的に福祉政策においては、制度が複雑化し、資力調査を含め、審査や判断は遅くなり、時間・労力・精神的な負担が大きく、申請自体を断念するケースも多く、捕捉率が低く抑えられているのが多くの国家の現状である。
BIは、こうした問題のほとんどを解消・克服することができるわけだ。
6)ベーシックインカムの限界
ただ、ベーシックインカムは貧困根絶の手段にはなり得ず、単独でその目標の達成可能な制度・政策はないとし、貧困根絶を目的に高額給付をもくろめば、国家財政への影響が大きく、有権者・政治家の支持も得られないとも。
当然のことで、当サイト提案のベーシック・ペンションでは、社会保障制度の基軸に据えつつ、総合的・体系的・抜本的な改革と一体のものと位置付け、意義付け、財源問題については、まったく異なる方法を提起しています。
ガイ氏は、貧困リスクを軽減するレベル・金額のBIでも、2015~16年英国シンクタンク「コンパス」提案の例を紹介し、十分な効果を発揮できると主張しています。
7)給付金の浪費懸念への回答としての事例報告
なお、BI給付により、受給者は働く意欲をなくし、浪費するのではないかという一般的な懸念に対して、1)アフリカ・リベリアのスラム地区のアルコール・薬物常用者、軽犯罪者への現金給付、2)イギリス・ロンドン・シティ地区のホームレスへの必要給付、3)米国の低所得層の未就学児童への早期教育プログラム提供と親への現金給付との比較、4)米国、ユタ州でのホームレスへの恒久的な住宅提供等の実験プロジェクト結果を紹介し、そうした懸念は不要で、より望ましい成果・効果を生み出していることを、これまでの記事と同様に紹介しています。
すべての人に同額のBIが給付されれば、所得が少ない人ほどその金の重みはあるが、格差にどのような影響を及ぼすかは、具体的にどのような制度、どの程度の金額になるかに大きく左右されるとガイ氏。
実は、それゆえに、上記を含め実験結果を多用する本論での種々のプラスの結論付けは、決定的な意味・意義を持たないと私は思っています。

4.不平等と公平を巡るベーシックインカム
次は、多くの国でこの数十年拡大している、所得・資産格差すなわち不平等についての論述。
一部の経済学者の、BIが一層の不平等を誘発するという主張に関して、以下の誤りを挙げ、反論している。
1)BI導入でも、病気や障がいなどにより必要な特別な支援制度など、既存の貧困対策を廃止するわけではない。
2)既存の制度が「主として」貧困層のためのものという主張があるが、そうとは言えない。
3)資力や行動を基準に給付対象を限定することには弊害がある。
4)社会政策の予算が適切な対象に向けられているとはいえない。
5.所得分配システムの破綻を克服する新しい所得再分配システムとしてのベーシックインカム
こうした議論よりも重視すべきこととガイ氏が主張するのが、国民所得が労働者に分配される割合が大幅に下落して、今後再び上昇する可能性が極めて低く、すでに20世紀型の所得分配システムが破綻しているというもの。
その克服のため導入・確立すべきなのが、2010年ノーベル経済学賞受賞の経済学者クリストファー・ピサリデスの言葉を引用して主張する、新しい所得再分配システムとしてのベーシックインカムである。
6.多様な不平等解消に寄与するベーシックインカム
そしてまた、その連関の中で「公正」について、こう論述します。
法制度や人々の考え方が変わって、障がい、人種・民族、性別・性的指向、家族形態などによる差別は減少してきたが、これらのすべての面で完全な平等を実現するまでの道のりは遠い。
しかし、ベーシックインカムを土台にしたシステムは、この手強い目標を達成する手助けになる。
ただし、BIだけで終わりにせず、多層型のシステムを築くべきと。
また、所得以外でBIと不平等の関係に加えるべき視点として「資産」を指摘するのですが、ここでの資産とは、物理的な安全と経済的な安全、充実した時間、質の高い空間、教育と知識、金融資本などとしており、観念的・感覚的な資産化に入ってきており、少なからず違和感が。

7.個人の不確実な生活という脅威への備え、経済的安全保障としてのベーシックインカム
次に提起したのが、従来の貧困概念から外れるかのような、しかし、現在のニーズにぴったりともいうべき、経済的「安全」保障、「不確実性」への対応とベーシックインカムとの関係。
こう言っています。
BIを実現させるべきもう一つの大きな理由は、それにより基礎的な安全を保障できるという点にある。それも、ほかの方法よりも質の高い保障を継続的に提供できる。(略)BIを支持する論拠としては、貧困の根絶より、経済的な安全の保障のほうが重要だろう。
8.レジリアンスをむしばむ「不確実性」が拡大する現代
ここでガイ氏が強調するのが、20世紀型の社会保険モデルの非有効性に対応すべき、レジリアンスを蝕む「不確実性」。
「レジリアンス」とは、人生で経験する(本人が選択したわけではない過酷なできごと)ショック、(結婚や出産、死など、コストとリスクをもたらす、通常のライフサイクル上のできごと)ハザードに対処し、そのダメージを埋め合わせ、そこから立ち直る力のこと。
ベーシックインカムは、ある程度の安全をあらかじめ提供することにより、不確実性の重圧を和らげ、ショックやハザードが経済的危機に発展する確率を減らすことができる、というわけです。
不確実性は、グローバル社会資本主義の経済的不安要因だけでなく、自然災害や環境被害など多様化し、地域や時期や基本要素の組み合わせにも拠るリスク要因の複雑化にも影響を受け、想定すべき想定外をも想定内のことという前提が必要と考えます。
貧困問題を主テーマとしていた本章において、不確実性に対応すべく経済的な安全保障としてのベーシックインカムの必要性をガイ氏がより強く主張していることは、ある種の安心感と納得度を抱かせるものです。
加えて、そこでのレジリアンスにおいて、精神的な面での耐性、帯域幅を持ち出していることに多少のい違和感を感じつつ、それを上回る共感をも持つものです。
ただし、政治イシュー化した際に、保守政党がこうした感覚とそこから導き出されたBIの必要性・有効性に同意する可能性は極めて低いと想像することは容易です。
逆に、リベラル政党が、こうした議論を真正面から取り上げて仕掛ける可能性も、日本では、自信・信念の希薄さから極めて低いと思われることも同様です。
まあ、ガイ氏が述べるほど欧米においては受け入れられるかどうかにも大きな疑問がありますが。
9.「よい社会」への道
これが本章の最後のまとめの部分に付けられた小見出しです。
実は、当サイトを含め運営する3つのWEBサイトにおいて、このところのすべての記事の始まりと終わりに「少しずつよくなる社会に」という一言を添えています。
3つのサイトともに、日本独自のベーシックインカム、生活基礎年金べシック・ペンションの導入を提案しているのですが、いきなりベーシックインカムが実現することなどあり得ないことであり、その実現に至るまでに、社会保障制度を含め、すべての社会経済システムにおいて、大きな改革を長期間かけて実現すべく、少しずつ改善や問題解決が積み上げられていくべく、考察・検討と提案を継続していく。
そのスタンスと想いをもっての一言です。
ガイ氏が提案するベーシックインカム案に全面的に賛成する立場、立ち位置ではありませんが、方向としては一致しています。
同氏のBIが実現すれば、多分「よい社会」が実現しているに違いないでしょうが、その方法論と理念・方針すべてが承認されてのものになる保証はありません。
BIの導入やその約束が、「勝者総取り」の社会に終止符が打たれたというメッセージの発信になる。
BIが経済的な安全の問題をすべて解決できるわけではないが、基礎的な安全の保障とコミュニティへの帰属意識を持つ人を大幅に増やせる可能性がある。
この点は「よい社会」を築くうえで重要なことだ。
こう述べているのですが、個人的には「勝者総取り社会」や「コミュニティへの帰属意識」という表現とその意味については、違和感や簡単に賛成できないという思いを持っています。
ここまでは少しばかり細かすぎたかもしれませんが、本章最後のガイ氏の思いを以下に引用することにします。
ただし、諸手をあげて賛成・賛同ということでもないことは添えておきたいと思います。
あまりにも理想主義が強く、オール・オア・ナッシング的な、(いわずもがなですが)何者かとの全面的対峙を想定しての主張が強いことがその理由の一端です。
ベーシックインカムが実現すれば、人々の基本的な考え方が変わる。
自分や家族、コミュニティの生活を向上させたいという欲求と、自然界の豊穣と美を守る必要性の間のバランスを取れるようになる。
基礎的な安全が保障されることの価値は、極めて大きい。
特権を握る支配層がほかの人たちの安全を奪うことによって利益を得ることを許さず、「よい社会」を築きたいと願うなら、すべての人に安全を約束される社会を築くべきだ。
自分が欲しいものを他人が持つことを願うのは勇気がいることだが、ベーシックインカムはそのような制度である。
本章総括|最もその意義・目的に叶う、社会福祉・社会保障視点からの「貧困、不平等、不安定」政策としてのベーシックインカムとベーシック・ペンションのスタンス
次の第5章が<経済的議論>というテーマであることとつなげるためなのでしょうか、貧困と不平等問題から、経済的な不確実性・不安定性を、本章の主テーマに移し替えた感がある展開となっていました。
そのためかどうか不明ですが、というよりも当然のことなのですが、欧米事情を軸としての本書のガイ氏の展開では、日本の生活保護制度問題や、母子家庭・父子家庭の貧困や子どもの貧困問題に焦点を当てての論述はありませんでした。
ただ日本のこうした問題が、グローバル社会に共通の根源的な要因に基づくものと認識することができたとはいえます。
共通する問題の要因が、ガイ氏いわく、従来型の産業構造や雇用システムの変化に、これまで各国が導入し運営管理してきた社会保険制度が合わなくなっていることにある。
こうなると各国が共同責任を負うべきという理屈は通じず、日本は日本で、政治・行政がその取組み責任を担うことを怠って来たことに帰結させ、これからのあるべき形を議論し、提起し、合意形成し、取り組むべきことはいうまでもありません。
何よりも、長い歴史を通じて取り組まれて来ている貧困問題への象徴的なものを取り上げた、当サイトで最も読まれている以下の記事を読み返すと、人間社会の進歩のなさと無責任さ尽くずく感じてしまします。
◆ イギリス救貧法の歴史・背景、概要とベーシックインカム:貧困対策としてのベーシックインカムを考えるヒントとして(2021/1/26)
ガイ氏のBI提案はまだ続きます。
それを読み進める作業は続きますが、日本は日本独自の取り組みを進めるべく、当サイトとしては、ガイ氏BI論へは、是々非々で臨むべきという思いが、1章進むごとに強くなってきています。
繰り返しになりますが、ベーシック・ペンションは、貧困対策を含む社会保障制度・社会福祉制度の領域に留まる制度・政策ではなく、それらの総合的・体系的改革を必須とした、社会経済システム、そして文化としての形成・構築を、長期的に実現することを目標・目的としています。
そこでの政治的立ち位置は、保守にもリベラルにも属さず、その実現を、他の政治・行政課題とも連動させてめざそうというもので、そういう意味では、むしろ新しい政治的グループの形成・醸成を願う立場と言えるかと思います。

次回は、「第5章 経済的議論」を取り上げます。
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