ガイ・スタンディング著『ベーシックインカムへの道』を読み解く|13記事統合による全体像と核心:旧サイト記事集約移管シリーズ-1
ベーシックインカム以外の選択政策評価基準「社会正義」の不都合|『ベーシックインカムへの道』考察シリーズ-8:「第9章 そのほかの選択」から(2022/12/4)
今回は第8回、「第9章 そのほかの選択」を取り上げます。
1.「第9章 そのほかの選択」構成
1)最低賃金(生活賃金)
2)社会保険(国民保険)
3)資力調査に基づく社会的扶助
4)食料などへの補助金
5)雇用保証
6)ワークフェア
7)給付型税額控除
8)ユニバーサルクレジット
9)負の所得税
10)慈善活動
11)ベーシックインカム以外の選択肢が持つ欠陥
上記の本章の構成。
番号は、当記事のために本稿で付けたものです。
前回のシリーズ<第7回>の章のなかで、経済学者のガイ氏にしては、貧困問題、経済的不安定、経済的議論、労働・賃金等をテーマとしてきた各章において、ワークフェアや負の所得税、給付付き税額控除について触れていないことを挙げ、経済及び経済学視点でのベーシックインカム論としては低評価と述べました。
その3つとも、今回のテーマである第9章で、ベーシックインカムではない「その他の選択」政策として取り上げるところとなっていました。
上記の構成に番号を付けたのは、11項を分類できると考えたためです。
2)3)4)は、社会保障制度との関係事項、1))5)6)7)8)9)が経済・労働制度との関係事項、10)11)が総括等とできるでしょうか。
捉え方によっては、労働(経済)制度は、社会保障制度に包括して論じることもできます。
しかし、賃金労働及び所得視点から、最低賃金、雇用保証、ユニバーサルクレジット、ワークフェア、給付型税額控除、負の所得税などの政策を労働経済学領域で括り、経済及び経済学に組み入れて、体系的にベーシックインカムを論じることが適切と考えたのです。
ただ、ガイ氏の本章の位置付けは、深刻な不平等と貧困、経済的安全の欠如への対処策として既に提案もしくは実践されているベーシックインカム以外の政策を取り上げるのですが、それらの政策が
・「社会正義」を促進するか
・「共和主義的自由」を向上させるか
・「社会的・経済的な安全保障」を強化できるか
・「貧困」を大幅に縮小させるか
これらすべてを、グローバリゼーション、テクノロジー革命、グローバル市場経済を形作ってきた新自由主義的経済政策との関係で考えることを目的としているとしています。
ならば一層、本書の展開のなかでベーシックインカムの経済政策性を大きなテーマとして標題化し、論じた方が良かったと思うのですが。
2.社会政策評価における社会正義に関する諸原則
なお、この項目中の「社会正義」に叶うかどうかを評価する上で挙げている原則をメモしておきます。
1)安全格差原則:最も安全でない生活を余儀なくされている人たちの状況が改善されなくてはならない。
2)パターナリズム・テストの原則:一部の集団に対し、その社会で最も自由な集団には課されていないコントロールを課すものであってはならない。
3)「慈善ではなく権利」の原則:給付する側の権力や裁量ではなく、受給者や対象者の権利と自由を拡大するものでなくてはならない。
4)環境制約の原則:コミュニティや特定の人たちに環境面のコストを課すものであってはならない。
5)「尊厳のある仕事」の原則:人々が尊厳のある働き方をすることを妨げず、社会で最も安全を欠いている人たちをこの面で不利に扱うものであってはならない。
前置きはここまでとし、11項目を少し整理し、一部順序を変えながら、その概要を確認していくことにします。

3.社会保障制度上補完する政策について
20世紀型の「社会保険制度」が今日機能しなくなっている事情・状況について既にガイ氏は、雇用と所得の不安定化や経済の不確定性などを要因として再三再四述べてきているし、当シリーズでも紹介してきた。
ここでもしつこくその主張をしたあと、そのためありうるベーシックインカム以外の政策として、「貧困者」と認定された人に限定して支援を等を行なう「資力調査を伴う社会的扶助」が中心となるという。
4.資力調査を伴う社会的扶助政策の10の欠陥
そして、その政策に付随する欠陥として、以下の10の要素を挙げている。
1)所得調査は簡単ではなく、線引の基準が恣意的になる。
2)行政コストが肥大化し、申請者も大きなコストを強いられる。
3)申請者の私的領域に踏み込み、プライバシーが侵害され、審査担当者のプライドも損なう。
4)調査は屈辱的なものとなり、申請者の不愉快が増幅する。
5)受給資格者に占める実際の受給者の割合、捕捉率が低くなる。
6)社会の団結を遮り、敵対構図さえ作り出す。
7)「貧困の罠」「不安定の罠」を生みだす。
8)「貧困の罠」が存在するため「ワークフェア」(後述)の推進が避けられなくなる。
9)安定的な家族形成が阻害される。
10)世帯対象基準が「求職者手当」上の欠陥をもたらす。
5.食料などへの補助金制度の7つの問題点
次に挙げるのが、インドの「公共配給システム(PDS)」のように、貧困者に食料その他の必需品の現物支給や「補助的栄養支援プログラム」のようなフードスタンプ(食料クーポン)などを支給する政策。
これらについては、上記と同様に以下の7つの問題点を挙げている。
1)パターナリスティック(父権的干渉主義)な性格をもつ(「貧しい人」が何を必要としているか、本人よりも政府のほうがよく理解しているという前提)
2)バウチャー制度や現物給付制度の実施には、配付と監視のための巨大な行政機構が必要で、莫大なコストがかかる。
3)バウチャーの価値は同額の現金よりも価値が小さい。(現金はどこでも使えるが、他方は決まっている)
4)どちらにおいても資力調査を伴う。
5)意図的にせよ、ではないにせよ、制度は受給者に恥辱感を与える。
6)質の低い商品やサービスが提供され、提供者が受給者を見下す状況を助長する。
7)汚職や民間企業が政治家・官僚機構に働きかけ、自社に都合がいい政策や立法を行わせるレントシーキングを助長しやすい。

6.所得・雇用保障及び所得再分配としての補完制度について
1)最低賃金(生活賃金)引き上げは、所得保障に結びつかない
現状の日本でも最低賃金の引き上げが議論・主張され、少しずつではあるが実現を見ている。
しかし、同じことを繰り返しているのだが、社会保険適用所得上限制から、賃上げは、労働時間の短縮と一体化し、実質所得増加に結びつかないことが問題になっている。
これでは被用者・企業ともにいいことなしで、同様の状況が諸国で呈していることをガイ氏はここで述べている。
最賃引き上げが簡単ではない中小企業は、ますます経営が苦しくなるか、人材不足にも拍車をかけることになるもの毎度の議論だ。
紋切り的に最賃引き上げを主張する野党などは、どこまで真剣にそうした矛盾とその解決策を考えているのか、まったく信用できない。
2)ワークフェア及び雇用保証の欺瞞
1980年代以降に進められてきた福祉国家改革が、「ワークフェア」の考え方に行き着いたのは自然な流れだったとガイ氏。
「ワークフェア」とは、社会福祉を意味する「ウェルフェア」が、その福祉受給を就労を条件に可能としたことから生まれた用語・概念である。
「働かざるもの受給できず」というわけだ。
その方針導入により、福祉受給者数が大きく減少し、同時に貧困者が増加したことは想像できるし、実際そうなった。
「福祉から仕事へ」が「第三の道」を標榜する世界中の政治家や政党のキャッチフレーズになり、「ワークフェア」という用語の理解・拡散よりも現実拡張が大きかったといえるだろう。
事実、日本の保守・革新、与野党双方ともどこまで真剣にその本質を理解しているか、その問題点を認識しているか非常に疑問だが、「ワークフェア」主義が定着しているとみても間違いではないだろう。
ガイ氏の論述から離れるが、一方この「ワークフェア主義」は、雇用保証と一体化していないのが、もう一つの問題であり、当然それは、所得保障も危うくする。
むしろ現代は、非正規雇用が蔓延し、雇用の安定性を著しく欠く状況は、新型コロナ感染拡大と長期化で、一層厳しくなっている。

7.給付型税額控除及びユニバーサルクレジット、負の所得税の重大欠陥
こうした用語の本質の無理解を示す用語に、日本維新の会や国民民主党が、それがあたかもベーシックインカムであるかのように嘯いている「給付付税額控除」制度や「負の所得税」制度である。
ガイ氏はこう述べている。
グローバリゼーションの進行と労働市場の「柔軟化」の影響により、賃金下落圧力が強力に働くなかで、先進諸国の社会民主主義政権は、給付型税額控除を好んで採用するようになった。
これは低所得者の所得を補うための給付で、所得が一定水準に達すると打ち切られる。
しかし、制度が複雑にならざるをえず、受給資格の恣意的な決定が避けられない。
当然、そのために審査や監視のための行政機構が必要かつ拡大化し、コストも膨大になる。
実際、この制度を採用したアメリカやイギリスでは、平等性・公平性を欠いてかえって膨大な予算が偏って費やされ、かつ制度の複雑性から、ミスや不公正受給などの問題も発生している。
そのため、イギリスでは、複雑になった制度を一本化すべく、既存の6つ資力調査型の福祉給付と給付型税額控除を統合する「ユニバーサル・クレジット」という新しい制度へ段階的移行を進めているという。
しかし、ガイ氏はそれを、低所得者げんていであるため「ユニバーサル」ではなく、いくら受け取れるか事前に決まらず、無論事前給付ではないため「クレジット」でもないと断じている。
旧制度に比して受給者に多くの条件と罰則を課してもいるのだ。
加えて、ガイ氏いわく。
いくつもの甚だしい欠陥があるにもかかわらず、イギリスの政治家や社会科学者たちがこれまで抵抗らしい対抗を見せてこなかったことは、驚きであり、恥ずべきことである。
ことはイギリスにとどまるわけではない。
私は、グローバル社会において、無論日本も例外ではなく、現状レベルの欠陥と問題だらけの社会保障・社会福祉制度しか実現なしえていない政治とその社会、その営みの主体である我々人間の志と質の低さを恥ずべきと考えています。
もう一つのミルトン・フリードマンのアイディアのイメージが最も強く、ベーシックインカムの一種ともみなされる「負の所得税」について。
これには、BIのとの相違点として、1)個人ではなく、世帯所得を基準とした給付 2)前年の所得に応じて事後に給付されることの2点を指摘し、いずれにしても資力調査に基づくものと批判している。

(参考)
◆ 日本維新の会のベーシックインカム方針:本気で考えているとすれば稚拙で危うい曖昧BI(2021/4/26)
◆ 国民民主党の日本版ベーシック・インカム構想は、中道政策というより中途半端政策:給付付き税額控除方式と地域仮想通貨発行構想(2021/6/6)
◆ 期日前投票済ませた翌日の日本維新の会と国民民主党の折込み広告から:維新ベーシックインカムと国民民主日本型ベーシックインカムの大きな違い(2021/10/23)
◆ 日本維新の会ベーシックインカム政策への懸念(2021/11/20)
8.ベーシックインカム以外の選択肢が持つ欠陥
以上の他「慈善活動」が取り上げられている。
しかし政府の関与は、その活動による支出が税額から控除するなど間接的に支援するレベルにとどまり、政府政策の範疇外のことであり、むしろガイ氏が望む社会正義の一つの行動と言えるものとどめたい。
本章の最後の項は、総括的にベーシックインカム以外の選択肢が持つ欠陥と題している。
上記に述べた各政策ごとに、社会正義に叶うかどうかの寸評を行っている。
加えて、本章の最後に設定したこの項で、取り上げてきたすべてのBI以外の各福祉政策プログラムにベーシックインカムを加えて対比させる形で一覧表化し、前述の社会正義の5つの原則に叶うかどうかを○☓で評価している。
上記各論の概要を見れば、おおよそ想像できると思われるので、その評価結果は省略したい。
もちろん、ベーシックインカムだけがその5原則を満たす制度・政策としていることは、いうまでもありません。
本章の総括替わりに|社会保障制度の基軸であり、基本的人権の具象化としてのベーシック・ペンションは、総合的体系的社会経済政策の集大成
ガイ氏によるベーシックインカム論が、社会正義や自由、平等等の観念的・情緒的・倫理的観点を起点としたものに対して、ベーシック・ペンションは、社会システムと経済システムを包含した人間の生きる権利を根拠としています。
ただもう一つ、絶対的な違いとして確認すべきことが「財源政策」です。
最も重要な論点を取り上げたその「第7章 財源の問題」を次回のテーマに据えました。
それを終えた後、一旦、ベーシックインカムをめぐる批判についての「第6章 よくある批判」に戻ります。
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