井上智洋著書から考える二階建てベーシックインカム論|反緊縮・MMT・社会保障の交点
井上智洋氏著書から考える経済学者のべーシックインカム論|旧サイト記事集約移管シリーズ11
本稿は、2021年にWEBサイト https://basicpension.jp に掲載した、井上智洋著『AI時代の新・ベーシックインカム論』と『「現金給付」の経済学 反緊縮で日本はよみがえる』を題材にした全7回の記事を、1記事にまとめたものです。
当サイト「シン・ベーシックインカム2050」の基礎となっている旧Webサイト「ベーシック・ペンション」(https://basicpension.jp)に投稿した記事のうち、シリーズ形式で展開していた記事を、アーカイブとして、重複を整理しつつ統合した“改訂統合版”です。
旧記事は、内容の重複を避けるため、順次、非公開化/リダイレクト/canonical設定などにより整理し、検索エンジン上でも重複を残さない運用を行います。
なお、以下のリストは、私が持っている井上智洋氏の著書です。
本稿は、その中の2誌を参考にした論考です。
<井上智洋氏著書リスト(所有書)>
・『人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊』(2016/7/20刊・文藝新書)
・『AI時代の新・ベーシックインカム論』 (2018/4/30・光文社新書)
・『毎年120万円を配れば日本が幸せになる』(2021/1/21刊・扶桑社、小野盛司氏共著)
・『資本主義から脱却せよ 貨幣を人びとの手に取り戻す』(2021/3/30刊・ 光文社新書、松尾匡・高橋真矢氏共著)
・『「現金給付」の経済学 反緊縮で日本はよみがえる』(2021/5/10刊・NHK出版新書)

井上智洋氏提案ベーシックインカムは、所得再分配による固定BIとMMTによる変動BIの2階建て
井上智洋氏提案のベーシックインカム確認:『AI時代の新・ベーシックインカム論』から考える(2021/2/24)
この記事は、本稿の中で、唯一『AI時代の新・ベーシックインカム論』を参考にしての論考です。
この後の『「現金給付」の経済学 反緊縮で日本はよみがえる』を用いた記事は、6回のシリーズですが、こちらは1回でそのエッセンスを抽出した記事となっています。
MMTに基づくBI推進論者というわけでもない
MMTに基づきベーシックインカムの導入を主張するグループの考え方を理解するために、経済学説としてのMMTを、不完全ながらも理解すべきと考えて
◆ MMT現代貨幣理論とは:ベーシックインカムの論拠としての経済学説を知る(2021/2/23)
を投稿しました。
今回は、そのグループを代表する一人と目される井上智洋駒沢大学准教授の著『AI時代の新・ベーシックインカム論』(2018/4/30刊)を主に参考にして、同氏の提案・主張を理解することを試みたいと思います。
同氏の他著『人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊』(2016/7/20刊)『毎年120万円を配れば日本が幸せになる』(2021/1/21刊)も手元にありますが、今回は、先述書に絞って整理していきます。
まず、一つの結論から申し上げると、現状の井上氏の提案は、純粋にというか完全にMMTに基づくBI導入論ではない、と言えます。
ここでは、同書における展開とは少し順序が異なりますが、その基本的な考え方と実際のBI導入方法の提案を確認し、少し私が考えることを書き加えていくことにします。
まず、一応MMTを論拠の一つとしていることを、<第2章 財源論と制度設計>第4項<日本の財政危機は本当か?>にある3つの小見出しを続けることで示します。
それは、
財政再建は必要ない、財政再建を放棄せよ、国の借金はいずれ消滅する
というものです。
この連続スローガンを読めば、
◆ MMT現代貨幣理論とは:ベーシックインカムの論拠としての経済学説を知る
で紹介したMMTそのものだな、と理解できるでしょう。
そして、デフレ脱却の極め技、政府や中央銀行が発行したカネをばらまく「ヘリコプター・マネー」が登場します。
貨幣発行益を財源とした変動ベーシックインカム
しかし、ただ単にお金を刷る、発行するというわけではなく、それは、「貨幣発行益」を財源とする、と一応の規律性らしきものをもたせているのが特徴です。
では、果たして一体「貨幣発行益」とは何なのか?
紙幣を発行するには紙代・印刷代・印刷用機器費用・人件費など、
硬貨を作るには、ニッケル黄銅・白銅などの材料費、製造費用・人件費など、
がかかります。
そのコストを券面・硬貨面の金額から差し引いたものが貨幣発行益です。
日銀がお金を発行すると、そこに「貨幣発行益」が発生。
これを原資にして、国民に配分する方式です。
そんなことができるのか?
その説明には、貨幣制度について理解する必要があります。
では、その変動部分がどの程度の金額になるのか。
同書の中では見えません。

貨幣発行益の国民への配当の根拠
現状の日本の貨幣制度は、「信用創造」による銀行中心の貨幣制度となっており、
これを「政府中心の貨幣制度」に切り替える、というか、戻すべきというのが井上氏の主張です。
初めは私もこのことがピンとこなかったのですが、こんな理屈です。
民間銀行は企業や個人への貸し出しの際に預金という貨幣を創造する。
すなわち、銀行は信用創造によって預金貨幣を無から作り出し、そこから
えられる貨幣発行益を基礎にして、営業利益を獲得する。
そして、今政府は1100兆円の借金があるといわれるが、その60%程度が、
自ら信用創造した銀行から借りたお金であり、利息を払っている。
もし政府が自ら紙幣を発行して賄えば、その分の借金は生じなかったのだ。
しかもその税金は、元を正せば国民の負担である。
民間銀行だけが、この甘い汁を吸っているというわけだ。
なるほどそういうことか。
これで、本来国が得るべき貨幣発行益のすべてを、直接国民に分配、還元、そして配当する、という論理が理解できます。
本当にそんなことができるのか、という一抹の不安・疑問も感じながら。

税金を財源とした7万円の固定ベーシックインカム
しかし井上氏は、BIの全額をこの貨幣発行益で賄えとは言っていません。
それとは別の財源も用いることを提案しています。
それが、例の<税と社会保障との一体化>、<財政規律>を目的として運営、議論されている、税収の再分配、すなわち「所得の再分配」に拠る方式です。
最低限の生活を保障するためのBIとして、所得税など安定した財源で充当することを提案しています。
これは、現在の日本における大半のBI論における提案をそのまま受け継いでいると言えるでしょう。
但し、このBIの額は短期的には変更せず、長期的な経済の変動・動向に応じて、国会の議決を経て変更するとしています。
この固定BIの額を、毎月7万円と設定すると、必要財源は、年間約100兆円。
従来の所得税の累進性を変更して富裕層の負担額を増やすとともに、相続税率を引き上げて相続税収を増やし、その財源に充てることを提案します。
なぜ固定部分を7万円と設定したか。
恐らく、以下の原田氏設定の7万円の根拠を含め、他においても、老齢基礎年金額や生活保護の生活扶助部分の金額などから7万円を設定・想定することが多いことから、賛同・共感を得やすい額としたものと推察します。
(参考)
◆ リフレ派原田泰氏2015年提案ベーシックインカム給付額と財源試算:月額7万円、年間総額96兆3千億円(2021/2/3)
固定BIと変動BIによる2階建て方式BI
ということで、井上氏のBIは、主に税を財源とした所得再分配方式による固定BIに、貨幣発行益を財源としたMMTを反映させた変動BIとを加えた2階建て方式のBIというわけです。
見方によれば折衷案です。
また、BIの性質を捉えて、共感できる表現で、こうも言っています。
子供手当+大人手当、つまり、みんな手当

BI実現への方策・手順
そこで、井上氏によるBI実現の方策と手順を整理すると以下になります。
1.日銀による国債買い取りを財源にした給付
2.既存制度をそのまま維持
3.1年目には国民全員に毎月1万円、2年目には毎月2万円と、給付額を年々増額。
4.目標額7万円とすると、2021年開始で2027年7万円到達
5.この過程でインフレ率が2%を大きく上回り続けた場合、財源を国債から税金に切り替え
6.これらの過程と並行して、児童手当や雇用保険などを廃止
7.これにより固定BI制が確立され、その後、日銀の国債直接引き受けを財源にした変動BIの導入へ
5.に至ってようやく、真の意味での固定BIへ移行するとしています。
しかしそこには、「インフレ率が2%を大きく上回り続けた場合」という条件を付けています。
どうもその理由・根拠が怪しい。
もしインフレ条件に達しない場合は、国債で調達した資金をずーっと投入し続けるのか。
どうも、なし崩し的に、この固定部分もMMTベースにしてしまうのではないか、というか、端からMMT、ヘリコプター・マネーをばらまき続ける算段ではないのか。
あらぬ疑いかもしれませんが、どうもその伏線をはっているのではと感じています。

生活保護制度を最終的にどうするか述べていない
また、児童手当や雇用保険などを廃止と表現していますが、他の制度、とりわけ生活保護制度をどうするのかは不明です。
但し、こうも言っています。
今の生活保護を惰性で採用し続けるのではなく、どの制度が最も優れているかを検討し、その制度を導入するための歩みを進めるべき。
少なくとも「インセンティブありの生活保護制度」は、今の生活保護よりも優れた制度と思われる。
で、7万円固定BIが実現した暁には、生活保護制度はどうなるのか。
非常に大きな問題です。
仮に現状の生活保護にこの固定BIを上乗せすれば、捕捉率2割の人は貰い得で、従来条件があっていても支給を受けていなかった人は、そのまま。
当初から受給していた人は、貰い得のまま、になるのですが。
制度が存続すれば、その行政組織や業務プロセスもそのまま残ります。
果たしてそれで良いものか。
それは、同書の初めの方で井上氏が言っていることと矛盾する。
所得保障制度についての解説や、生活保護制度に対するBIの優位性などについても、比較的ページを割いているのですが、踏み込みは浅く狭いですね。
生活保護を廃止すると、従来よりも生活困難者が増えることが予想されます。
他の社会保障制度、社会保険制度なども含めて再検討・再構築すべきと思うのですが。

AI社会におけるBIの必要性
その他、同書では、AI時代を想定してのBIの必要性を強調しています。
冒頭挙げた『人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊』に見るように、同氏はAI時代・AI社会における雇用の喪失にかねてから警鐘を鳴らしています。
しかし、私は、まだ目の前にはない状況を想定してBIの必要性を説くことを素直に受け止めることはできません。
BI実現には法制化が必須で、予想する事態を根拠にすることには違和感を持ちます。
それよりも現実に目の前にある問題、過去から継続し問題が解消・解決されない状態、そしてその対策が打たれない限り、一層問題が深刻化・社会問題化することが予想される。
これらが、十分にBIの必要性を示していると考えます。

現実的に導入をイメージできる井上案だが
私のベーシック・ペンション(BP)案については、提案内容自体とその実現に必要なプロセス、方法の困難さから、10年20年がかりの課題、としています。
ただ、BPが少子化対策において最も有効な手段と考えることもあり、できるだけ速く導入すべきという強い思いもあります。
故に、井上氏の、段階的な貨幣発行益の配当には、賛同したい気持ち十分です。
しかし、そうするにしても、社会保障制度等関連する制度・法律をどうするかの議論と方針の合意は不可欠です。
井上氏は、デジタル通貨方式をどう見るか
また、いずれ法定通貨もデジタル通貨になると想定すべき状況があります。
とすると、私がBPで提案している専用デジタル通貨化を、井上氏がどう考えるか。
急ぎ、段階的に導入する場合、当初現金給付がやむを得ないが、途中からデジタル通貨に切り替えることも想定すると、井上案は、どうなるか、どうするか。
井上氏は、長引くコロナ下、再度の特別低額給付金の給付を要請する活動を現在も継続している人物。
ただその給付金をBIに切り替えていくことは、また別の取り組みが必要なことはいうまでもありません。
結局、政治を変えるしかない。
同氏の案を受け止め、政治イシューとして国会の場に持ち込む政党・会派が絶対的に必要です。
その課題にどう取り組むか。
同氏に限らず、だれもその道筋を付けることができない状況からの脱却が、第一の課題であることを確認しておきたいと思います。
ただ、同氏の提案との接点を探りたいという思いが、今回の取り組みで、以前よりも大きくなったことを付け加えておきたいとも思います。

次からは、『「現金給付」の経済学 反緊縮で日本はよみがえる』を用いてのシリーズ記事です。
前出の記事から、8ヶ月後に開始しました。
井上智洋氏ベーシックインカム論総括とベーシック・ペンション2022提案に向けて
井上智洋氏提案のベーシックインカム再確認ー1:『「現金給付」の経済学 反緊縮で日本はよみがえる』から考えるー序(2021/10/17)
最近のベーシックインカム論の展開の中で、最も精力的に活動している研究者が、井上智洋駒澤大学経済学部准教授です。
井上氏著書におけるBI論に関する考察
冒頭紹介した著書のうち、以下を記事として取り上げています。
1)『AI時代の新・ベーシックインカム論』 については以下の記事で
◆ベーシック・インカムとは-3:AIによる脱労働社会論から学ぶベーシック・インカム (2020/6/16)
2)『毎年120万円を配れば日本が幸せになる』は、以下で
◆ 小野盛司氏の経済復活狙いのみのベーシックインカム案? (2021/2/25)
3)『資本主義から脱却せよ~貨幣を人びとの手に取り戻す~』は、以下のシリーズの中で取り上げ、紹介し、考えることろを述べてきました。
◆ 資本主義リアリズム、加速主義、閉塞状態にある資本主義の正し方:『資本主義から脱却せよ』から考える社会経済システム-1(2021/5/7)
◆ 知らなかった、民間銀行の濡れ手で粟の信用創造:『資本主義から脱却せよ』から考える社会経済システム-2(2021/5/9)
◆ 信用創造廃止と貨幣発行公有化で、資本主義と社会はどうなるのか:『資本主義から脱却せよ』から考える社会経済システム-3(2021/5/11)
◆ 資本主義脱却でも描けぬ理想社会:『資本主義から脱却せよ』から考える社会経済システム-4(2021/5/13)
このシリーズ記事も近々1記事にまとめて、当サイトに投稿して、その統合記事をここで紹介します。
著書以外の活動から
執筆活動以外でも多様な活動を展開している井上氏。
昨年コロナ禍で給付された<特別定額給付金>の給付実現のためにグループを形成し、率先して提言・請願活動を主導して取り組み。
また、左派グループと共に「薔薇マーク・キャンペーン」に参加し、その中で「99%のためのベーシックインカム構想」をグループメンバーと共に提言行動しており、そこでの構想について、当サイトの以下の記事内で紹介しています。
◆ 朴勝俊・山森亮・井上智洋氏提案の「99%のためのベーシックインカム構想」ー1(紹介編)(2021/4/8)
◆ 朴勝俊・山森亮・井上智洋氏提案の「99%のためのベーシックインカム構想」ー2(評価編)その意義と課題 (2021/4/9)
⇒ 薔薇マークキャンペーン (rosemark.jp)

最も井上氏BI論に着目する理由
こうした種々の井上氏の論述に関しては、他のどの研究者のBI論よりも、身近なものとして捉えています。
但し、当サイトが提案する<日本独自のベーシックインカム、ベーシック・ペンション生活基礎年金>とは、大きく異なり、多くの違いや問題点が厳として存在します。
ただそれは、井上氏論が問題だというものでもなく、私の提案自体にまだまだ問題・課題が多いことにも原因があるゆえです。
特に、井上論では、現実論として、一度にではなく段階を踏んで導入することと、支給額を調整することが可能なシステムを採用することなどを提起。
これが、2050年における理想の形を描いて提案しているベーシック・ペンションにおいて、検討・参考・採用する必要がある要素・条件になると考えています。
<ベーシック・ペンション2022>提案準備の一つとしての井上氏新刊 『「現金給付」の経済学』 紹介と考察シリーズを
そこで、近著 『「現金給付」の経済学 反緊縮で日本はよみがえる』(2021/5/10刊・NHK出版新書)を用いて、井上BI論とベーシック・ペンション(BP)との違いの確認、その違いを埋めるあるいは近づける方法の検討、場合によっては双方の考え方・方法を融合させる方法の検討などを、シリーズ化して行おうと考えたわけです。
また、ちょうど今月10月31日に衆議院選の投開票が行われ、翌11月初めには新しい政治体制が決まります。
残念ながら、現状井上BI案はどの既成政党の理解・支持も受けていません。
また、当サイトで記事として取り上げているように、真のベーシックインカムの実現を政策に位置付ける政党もありません。
従い、提案するベーシックインカムの内容と実現のための政治的アプローチ、手法についても、2022年以降に向けて新たに検討し、なんらかの考え方のまとめ作業も行う必要もあります。
従い、今回の井上BI論再確認と活用方法を検討・考察する作業は、その他のこれまで重ねてきた論考の再確認作業も含めて、ベーシック・ペンション案の2022年バージョン、ベーシック・ペンション2022(Basic Pension 2022)を年内に立案するためのものです。

『「現金給付」の経済学 反緊縮で日本はよみがえる 』構成
このシリーズを始めるに当たり、同書の構成を以下に整理しました。
第1章 コロナ不況と経済政策
1.大切なのは経済か、命か
・「経済か命か?」
・長期不況の始まりかもしれない
・問題は生産性ではない
・一次的不況と二次的不況
・長期デフレ不況と就職氷河期の再来
2.コロナ危機下の経済政策 ー コールドスリープせよ
・ターゲットを絞った支援の難しさ
・事業体をコールドスリープさせる
・現状の支援制度の問題点
・支援制度をいかに整えるべきか
3.Gotoキャンペーンの是非を問う
・GoToキャンペーンには安全宣言が必要だった
・GoToキャンペーンの問題点①
・GoToキャンペーンの問題点②
・GoToキャンペーンのほうが効果が高いか?
4.反緊縮で日本はよみがえる
・政府の「借金」を増やすなという批判
・反緊縮とはどのような思想か
・アベノミクスの最大の失敗
・必要なのはヘリコプター・マネー
第2章 なぜ、ベーシックインカムが必要か
1.現状と歴史はどうなっているか
・コロナ危機とベーシックインカム
・ベーシックインカムはネオリベ的か?
・社会保障制度とベーシックインカムの起源
・20世紀のベーシックインカム論
・実現に向けた取り組み
2.ベーシックインカムの「自助・共助・公助」
・ITによる格差の拡大
・物流の完全無人化は可能か
・クリエイティブ系の仕事は増えるけれど
・コロナ危機が時代を10年早送りした
「自助・共助・公助」は何を意味するか?
・ベーシックインカムは「 自助・共助・公助」 に反する
3.生活保護は廃止してもよいのか
・生活保護には欠点がある
・ベーシックインカムと負の所得税
・生活保護は廃止すべきか
・制度はもっとシンプルであるべきだ
・「理由なき困窮者」を見捨てない
4.二階建てベーシックインカムへの道
・当面は追加型BIしかない
・貨幣制度の大きな欠陥
・ヘリコプター・マネーの具体案
・二階建てべーシックインカムとは何か?
・インフレ率目標が達成できない理由
・変動ベーシックインカムで景気をどう調整するか?
・実現に向けた三つのフェーズ
・財源はどうするべきなのか?
第3章 政府の「借金」はどこまで可能か
1.財政赤字をめぐる三つの立場
・コロナ増税を警戒せよ
・税制健全化は必要か?
・政府が「借金」して何が悪い?
・ケインズ主義とは何が違うのか?
・財政ハト派のケインズ主義の問題点
2.現代の貨幣制度とMMT
・モズラーの名刺の逸話
・お金を使うとお金が増える
・マネーストックとマネタリーベースの違い
3.お金はいつ生まれ、いつ消えるのか
・財政支出と徴税の際のお金の動き
・日本を衰退に導いた大いなる勘違い
・お金を増やすには「借金」しかない
・なぜ税金は財源ではないのか?
4.政府の「借金」はなぜ問題ないのか
・「借金」を増やしても良い理由
・国債を貨幣化するとどうなるか?
補論 ドーマー条件と横断性条件
・ドーマー条件とは何か?
・横断性条件とはなにか?
・ノン・ポンジ・ゲーム条件
・マネタイゼーションした場合はどうなるか?
第4章 脱成長の不都合な真実
1.完全雇用が達成されればよいのか
・雇用保障プログラムとは何か?
・雇用保障プログラムの問題点
・本当に完全雇用を実現できるのか?
2.デフレマインドが日本を滅ぼす
・完全雇用で満足してはならない理由
・労働者と企業経営者のデフレマインド
・デフレマインドで科学技術も衰える
・出版不況の原因は何か?
・新国立競技場のザハ案が却下されたのはなぜか?
3.脱成長論とグリーン・マルクス主義
・脱成長論とは何か?
・グリーン・マルクス主義
・地球温暖化は本当に害悪か?
・グリーン・ケインズ主義
・経済成長と二酸化炭素排出のデカップリング
・すでに物欲は減退し始めている
・反緊縮主義とは何か?
4.なぜ経済成長が必要なのか
・経済成長と幸福の関係
・近代世界システムから考える
・日本の衰退と中国の勃興
・「日本人」と「香港人」の意外な共通点
・私たちはもっと豊かになっていい
おわりに
ここでは、井上氏が提起するベーシックインカムに関する直接の章に限定せず、通してその思想的・社会的・政治的背景などに関する記述部分にも焦点を当てます。
そこで、私の考え、ベーシック・ペンションにおけるそれらとの違い、認めうるならば共通点も抽出しながら、少し丁寧に、シリーズを想定して進めていくことにします。
次回 <第1章 コロナ不況と経済政策>からスタートします。

コロナ禍ゆえ、長引く不況ゆえだけのためのベーシックインカムではない
前回記事を受けて、今回から、井上智洋氏のBI論を、近著 『「現金給付」の経済学 反緊縮で日本はよみがえる 』 (2021/5/10刊・NHK出版新書)を紹介し考察することで再確認する。
それを当サイト提案のベーシック・ペンションの2022年に向けての改訂提案作成に結びつける。
これが目的です。
なお、この作業に入る前に、今月末10月31日投開票の衆議院選挙に向けての日本維新の会が提案するベーシックインカム政策について以下の記事を投稿。
◆ 維新の会ベーシックインカム案は全政党中ベストの社会保障制度改革案(2021/10/21)
◆ 期日前投票済ませた翌日の日本維新の会と国民民主党の折込み広告から:維新ベーシックインカムと国民民主日本型ベーシックインカムの大きな違い (2021/10/23)
この維新BIも、ベーシック・ペンション2022作成作業をある意味で後押しすることになっています。
井上智洋氏提案のベーシックインカム再確認ー2:『「現金給付」の経済学 反緊縮で日本はよみがえる』から考えるー1(2021/11/)
本論へ。
<第1章 コロナ不況と経済対策>から
はじめに、この第1章の構成を紹介します。
<第1章 コロナ不況と経済政策>の構成
1.大切なのは経済か、命か
・「経済か命か?」
・長期不況の始まりかもしれない
・問題は生産性ではない
・一次的不況と二次的不況
・長期デフレ不況と就職氷河期の再来
2.コロナ危機下の経済政策 ー コールドスリープせよ
・ターゲットを絞った支援の難しさ
・事業体をコールドスリープさせる
・現状の支援制度の問題点
・支援制度をいかに整えるべきか
3.Gotoキャンペーンの是非を問う
・GoToキャンペーンには安全宣言が必要だった
・GoToキャンペーンの問題点①
・GoToキャンペーンの問題点②
・GoToキャンペーンのほうが効果が高いか?
4.反緊縮で日本はよみがえる
・政府の「借金」を増やすなという批判
・反緊縮とはどのような思想か
・アベノミクスの最大の失敗
・必要なのはヘリコプター・マネー
経済視点の井上BI論と社会保障・基本的人権視点のベーシック・ペンションの根本的な違い
まず、本書のタイトルに<経済学>と入っているように、井上BI論は、経済学者である同氏による経済面からのベーシックインカム提案論であることが前提であること。
これが最大の特徴です。
それは、サブタイトルに「反緊縮で日本はよみがえる」と入れていることでも示されています。
先に一つの結論を示しておくと、これが、当サイト提案のベーシック・ペンションとの最も基本的・根本的な違いです。
より社会保障・生活保障・基本的人権政策としてのBIを推しだし、経済的観点からそれをバックアップする。
こういう構図・構成・論理を井上氏が用いてくれることを期待しているのですが、生活保護制度面からの考察を少し用いる程度で、これまでの同氏の論述には、まったく変化が見られていません。
そして、数多のBI論における最大の課題である<BI財源>に関する提起・提案が、井上BI論のもう一つの特徴でもあります。
この2つの前提・特徴を踏まえて、本シリーズを進めていくことにします。
「大切なのは経済か、命か」
・「経済か命か?」
・長期不況の始まりかもしれない
・問題は生産性ではない
・一次的不況と二次的不況
・長期デフレ不況と就職氷河期の再来
こんな流れで、新型コロナ禍における緊急事態宣言等の政府の対応を巡り、「経済か命か?」という問いを引き合いに出して本書を始めている。
この設定がベーシックインカム論を展開する「序」として、どのような意味があるか。
長期化するコロナパンデミックで、次第に自殺者が増え、失業者・休業者が増えるのは、事業所の事業休停止・廃業で必然的。
敢えてそのことを持ち出し、それが一層の不況の長期化を予想されるというのも同様。
そこで生産性の低さを指摘するデービッド・アトキンソンとの自身の論争を持ち出して、同氏の日本の成長力の弱さは、生産性の低さ、それを招来する供給力の弱さにあることへの反論を「問題は生産性ではない」と展開する。
いわく、マイナス成長の要因は、供給不足のためではなく、需要不足にあるのだ、と。
少々アトキンソンを持ち出してきたことに違和感を感じ、かつ回りくどい印象を受けるのだが、この「需要不足」説が、ベーシックインカム提案、及びこの章の最後に持ち出す「反緊縮」への布石となっているわけだ。
こうしたコロナ禍による自粛や行動制限を要因とする消費減少という「一次的不況」が、企業収益の悪化、家計収入の減少、再度巡ってくる消費減少、企業の一層の収益悪化・投資抑制などの「二次的不況」の連鎖として説明。
最後に、コロナ禍以前に長く続いてきた平成30年間の長期デフレや就職氷河期に、この期後半のアベノミクスの失敗を重ね合わせ、コロナ後の不況の一層の長期化への懸念を示し、これから、過剰と思うくらいの接積極財政実施の必要性を問くことになる。
「コロナ危機下の経済政策 ー コールドスリープせよ」
・ターゲットを絞った支援の難しさ
・事業体をコールドスリープさせる
・現状の支援制度の問題点
・支援制度をいかに整えるべきか
前項で提起したコロナ禍による不況の長期化懸念への対応・対策に話を進めるのが本項。
冒頭「ターゲットを絞った支援の難しさ」を持ち出した点で、生活保護制度の運用上の諸問題を想起しましたが、ここでは当然コロナ禍でのこと。
コロナ禍における種々の支援制度において設定する条件が、すべてにおいて平等・公正さを維持することが困難であることを意味するのは理解できる。
例えば、一律10万円の特別定額給付金はすべての国民に等しく支給したものだが、その前後に検討されたさまざまな給付金では、種々の条件が設定され、その運用上、公正・平等という点で問題が指摘され、結局実現しなかった。
もちろん、10万円給付では、富裕層にまで支給する必要はないだろうという考え方があったことしかりである。
また、個人レベルではなく、種々の事業において適用支援する業種の選択・設定でも同様の問題が現実に発生し、支援対象外に放置された問題も多かった。
そこで、経済政策面での事業者への支援対策としては、「事業の持続」を図るために「コールドスリープ(冷凍保存)」が必要であることを提示する。
コロナ禍のような非常時に十分な手元資金を持つ事業者は限られており、困窮する事業者が通常負担している(人件費」や「家賃」等の固定費を国が全額負担するのが理想だが、その額を公平・公正に判断することは困難。
人件費では、「雇用調整助成金」制度利用事業所が一般的だったが、支給を受けるための事務手続きの煩雑さや申請の集中による処理の不能、金額上限規定などの問題や、非正規雇用者が弾かれたり、労務管理がずさんな事業所の従業員には支給されないなど、さまざまな問題が露呈した。
このことから、何を認識すべきか。
ここで例えて提示されるのが個人を対象としたベーシックインカムの平等性・公正性になるわけだ。
事業所にもこうしたBI的な制度が設定されることが望ましいというのが本項のテーマなのだが、それが困難であることを、次の<(GoTo)キャンペーンの是非を問う>で再確認することにとどまると言えるだろう。
要するに、こうした何らかの条件が付された制度の運用管理には、その基準審査に膨大な時間とコストがかかることや、実際に多数発生した不正申請・不正受給問題が必ず発生するなどの問題がある。
加えて、より問題なのは、持続化給付金の金額設定上規定する中小企業規模の条件などでは、適用・非適用結果に大きな違いが発生し、公平性に大きな疑問・問題を生じさせることになる。

「キャンペーンの是非を問う」
・GoToキャンペーンには安全宣言が必要だった
・GoToキャンペーンの問題点①
・GoToキャンペーンの問題点②
・GoToキャンペーンのほうが効果が高いか?
先に、事業者への支援における平等性・公平性保持の困難さを示す例としての <GoToキャンペーン>例示としたが、これはあくまでも私だけの判断であり、井上氏の意図はそれとは実は異なる。
同氏がここで <GoToキャンペーン>を持ち出したのは、政府のその政策の批判の材料としてであった。
すなわち、その有効性・効果に疑問を呈し、的確な「安全宣言」があれば必要なかったことを第一点、真に有効な対策とするためには、「現金給付」を行うべきであったことがを第二点として問題を論じることになる。
まあ、そうした批判が今後活かされるかどうか、同様の視点で適切に対応すれば良いかどうかは、ここで論じても仕方ない。
ただ、同氏がこのキャンペーンで指摘している「煩雑」「硬直的」「不公平」という問題点はしっかり認識しておくべきだろう。
現金給付であるBI導入において排除・解決すべき問題に置き換えて。
要するに、井上氏のロジックは、<GoToキャンペーン>による特定の業種だけに支援が偏る変則的な給付よりも、あまねく利用できる<現金給付>による支援のほうが消費需要全体を押し上げる余地が大きいことを主張することにあるとみてよいだろう。
それはそれで、多面的かつ多様に、「煩雑」「硬直的」「不公平」の改善・解消に結びつくことは明らかだから。

「反緊縮で日本はよみがえる」
・政府の「借金」を増やすなという批判
・反緊縮とはどのような思想か
・アベノミクスの最大の失敗
・必要なのはヘリコプター・マネー
別に、井上氏の考えの裏を読もうというつもりはないが、この第1章の位置付けが、ベーシックインカム提案にどのように繋がるかを考えると、自ずと、本質的には、コロナ禍ゆえのBIではない、とするとそうなってしまう。
しかし、この章の最後のこの項では、井上氏も結局は<アベノミクスの失敗>に帰結させ、長引くデフレ経済からの脱却のための<反緊縮>策としてのベーシックインカム、現金給付、需要喚起策の提起に議論を落とし込む準備で締めくくるわけだ。
ただ現状は、衆議院選での与野党の公約に、種々の給付金のバラマキ政策が競って盛り込まれる一方、財務省やマスコミ、一部学者などによる財政規律の緩みに強く警鐘を鳴らす動きもからむ。
そうした動向・傾向に対して、井上氏は、一貫して反緊縮、財政支出の増大を主張する。
曰く。
「緊縮か反緊縮かは日本の命運を分けるような対立軸だ。私は、反緊縮の立場をとらない限り、日本はお先真っ暗だと考えている。(どうお先真っ暗なのかは第4章で)」と。
そして、
・アベノミクス下で積極財政のスタンスがとられたのは、最初の2013年の1年だけ。
・翌年から政府支出は抑制され、消費増税も実施されて緊縮路線に転換。
・この路線転換がアベノミクスの最大の失敗。
と断定し、この章最後の項<必要なのはヘリコプター・マネー>に至ります。
この項から一部を抜粋し、まとめとしたいと思います。
ゼロ金利下で量的緩和政策を実施しても、民間銀行が日銀に預けているお金「預金準備」がジャブジャブになるだけで、世の中に出回るお金「マネーストック」を直接ジャブジャブにすることはできない。
マネーストックは、預金と現金から成り立っていて、私たちが持っているお金のこと。
預金準備は私たちが持つことができる普通のお金ではなく、銀行しか持つことのできない特殊なお金。
マネーストックを直接増やすことができるのは、金融政策ではなく財政政策。
マネーストックを増やしてゆるやかなインフレ好況状態をつくり出せるのは、金融政策よりも財政政策。
「マネタリーポリシー」=「金融政策」が、ゼロ金利下でとることができる貨幣的な政策は、中央銀行が行う金融政策よりも政府が行う財政政策。
例えば、現金を直接国民に給付するような財政政策によって、インフレ好況状態を長く維持することができれば、長期的な成長率も上昇してくる。
この財政政策こそが最大の(アベノミクスがなし得なかった)成長戦略でもある。
この主張から、現金給付たるベーシックインカム給付提案に結びつくわけです。
但し、そこでの従来の公共事業による景気刺激策としての財政出動には反対し、それが、マクロ経済政策の主軸であってはならないと断じます。
そしてこう繋ぎます。
私(井上氏)がとっているスタンスは、公共事業中心の「オールド・ケインジアン」ではなく、金融政策中心の「ニュー・ケインジアン」でもない。
イメージ的に言うと政府・中央銀行がお金を刷って家計にばらまくような提案をしている。
こうした政策を経済学の用語で「ヘリコプター・マネー」と言う。
これこそマクロ経済学政策の主軸にすべきというのが私(井上)の考えであり、このスタンスを「第三のケインズ主義」と言うことができる。
政府は成長戦略の観点からもっと研究開発や教育に支出すべきであるが、それとは別に国民に広くお金をばらまいて消費を喚起する必要がある。
ヘリコプター・マネーこそがコロナ危機下の国民生活を守るためにも、長期的な日本の経済成長のためにも必要なのである。
そして、バラマキの具体的な方法は、ベーシックインカムとして制度化すべきであろう。
オールドでもニューでもない、第三のケインジアン。
これが、現実的に経済学における主流になりえていないことが、現在でもベーシックインカムが正しく理解され、真剣に国政・政党レベルでの真のベーシックインカム政策として認知されていない理由の一つと言えるでしょうか。
そういう議論にまで至っていないというべきとは思いますが。
この最後の主張で、今後の井上氏のベーシックインカム案の道筋を確認できたのではないでしょうか。

ベーシック・ペンションとの基本的な違い、再確認
経済学視点、経済政策視点での井上BI論。
その軸が最後で確認できました。
当サイトが提案するベーシック・ペンションは、先述したように、社会保障・基本的人権を主軸として考えるベーシックインカムを日本独自の状況や背景のもとに考えたもの。
従い、ヘリコプターで現金をまさにバラ撒くのではなく、基本的な生活を安心して送ることができるように、その基盤として、土壌として、特定の用途に限定したデジタル通貨を、ベーシック・マネー、ファンダメンタル・マネーとして給付するものです。
それが安定した需要を創出し、その需要を的確に満たすための供給システムの整備拡充にも繋がることを目指すものでもあります。
社会政策、社会保障制度の主軸としてベーシック・ペンションが、経済活性化、適正な経済成長に寄与する。
すなわち社会経済システムとして機能することを目指すものです。
そうした違いを再確認する作業を、次回のテーマ<第2章 なぜ、ベーシックインカムが必要か>で引き続いておこなっていきます。

「自助・共助・公助」理念と相反するベーシックインカム
今回は実質2回目。
このシリーズを終えた後、当サイト提案のベーシック・ペンションの2022年に向けての改訂提案(BP2022)作成作業に入っていくための取り組みでもあります。
なお、この作業に入る前に、今月末10月31日投開票の衆議院選挙に向けての日本維新の会が提案するベーシックインカム政策について以下の記事を投稿。
◆ 維新の会ベーシックインカム案は全政党中ベストの社会保障制度改革案(2021/10/21)
◆ 期日前投票済ませた翌日の日本維新の会と国民民主党の折込み広告から:維新ベーシックインカムと国民民主日本型ベーシックインカムの大きな違い (2021/10/23)
この維新BIも、BP2022作成を後押しする要因にもなりました。
井上智洋氏提案のベーシックインカム再確認ー3:『「現金給付」の経済学 反緊縮で日本はよみがえる』から考えるー3(2021/11/4)
今回は、前回の<第1章 コロナ不況と経済対策>に続き、<第2章 なぜ、ベーシックインカムが必要か > の前半を取り上げます。
<第2章 なぜ、ベーシックインカムが必要か >から
第2章は、以下の節と項で構成されています。
第2章 なぜ、ベーシックインカムが必要か
1.現状と歴史はどうなっているか
・コロナ危機とベーシックインカム
・ベーシックインカムはネオリベ的か?
・社会保障制度とベーシックインカムの起源
・20世紀のベーシックインカム論
・実現に向けた取り組み
2.ベーシックインカムと「自助・共助・公助」
・ITによる格差の拡大
・物流の完全無人化は可能か
・クリエイティブ系の仕事は増えるけれど
・コロナ危機が時代を10年早送りした
「自助・共助・公助」は何を意味するか?
・ベーシックインカムは「 自助・共助・公助」 に反する
3.生活保護は廃止してもよいのか
・生活保護には欠点がある
・ベーシックインカムと負の所得税
・生活保護は廃止すべきか
・制度はもっとシンプルであるべきだ
・「理由なき困窮者」を見捨てない
4.二階建てベーシックインカムへの道
・当面は追加型BIしかない
・貨幣制度の大きな欠陥
・ヘリコプター・マネーの具体案
・二階建てべーシックインカムとは何か?
・インフレ率目標が達成できない理由
・変動ベーシックインカムで景気をどう調整するか?
・実現に向けた三つのフェーズ
・財源はどうするべきなのか?
今回は、その前半の以下の2つの節について取り上げます。
1.現状と歴史はどうなっているか
・コロナ危機とベーシックインカム
・ベーシックインカムはネオリベ的か?
・社会保障制度とベーシックインカムの起源
・20世紀のベーシックインカム論
・実現に向けた取り組み
第1節は、上記の項に従って進められます。
初めに、コロナ危機下において話題になった、あるいは部分的ベーシックインカムとして導入された、最近のBI導入事例として、以下を紹介しています。
・2020年6月にスペインが導入した、貧困層約250万人に限定して単身者に月462ユーロ(約6万円)、家族1人毎に139ユーロ(約1万6千円)支給する「最低国民保障」という社会保障制度
・コロナ対策としてアメリカ(のみ3回)、香港、日本で支給された「一次的なBI」と言える現金給付
但し、いずれにおいても、真のBIと呼べるものではないことを知っておく必要があります。
日本におけるベーシックインカムの分類
次に<ベーシックインカムはネオリベ的か? >と題した項で、社会保障制度との関連でのBIの分類として、以下を挙げています。
1)代替型(ネオリベ型):既存の社会保障制度を全廃
2)中間型(取捨選択型):社会保障制度のある部分は残して、それ以外は廃止する
3)追加型(反ネオリベ型):既存の社会保障制度をすべて残す
そして、当サイトでも既に紹介してきた小沢修司氏・山森亮氏・原田泰氏そしてご自身は、中間型か追加型であり、竹中平蔵氏・堀江貴文氏は代替型と見なされると一応しています。
ちなみに、今回の衆議院選時に日本維新の会が政策として提案したベーシックインカムは、従来提案していた代替型から中間型に修正していました。但し、給付付き税額給付か(維新)BIかとしているので、最終的にどうするのか断定・評価はできないと思っています。
廃止、全廃という表現が生む誤解
ところで、上記の3つの分類は適切ではないと私は考えています。
その理由は、<廃止>または<全廃>という表現を用いる点にあります。
基本的には、なくなる、なくしてしまうのではなく、切り替える、またはより良い制度に改める、改正するのです。
廃止や全廃というと、ゼロになるかのように受け止められるからです。
その文字面だけで、改正ではなく、改悪と受け止められてしますのです。
そのためにBIが正しく理解されていないことがあることに留意・配慮する必要があります。
というよりも、むしろ誤って理解されていることの方が多いと言ったほうが正しいかもしれません。
井上氏自身も、先の分類例を上げた後「BIは社会保障制度と租税をどう組み合わせるかによって、さまざまなアレンジメントが可能であり、BIをひと括りにして賛成・反対と言っても雑な議論にしかならない」と言っています。

次の項の<社会保障制度とベーシックインカムの起源><20世紀のベーシックインカム論><実現に向けた取り組み>については、当シリーズの目的とは直接関係がありませんので省略します。
但し、それに替えて、当サイトなどで過去紹介してきた関連記事を以下にリストアップしました。
こちらもお時間がありましたらチェックして頂ければと思います。
<参考>:ベーシックインカムの歴史と実験導入例に関する記事リスト
1)イギリス救貧法の歴史・背景、概要とベーシックインカム:貧困対策としてのベーシックインカムを考えるヒントとして(2021/1/26)
2)18世紀末、2人のトマス、トマス・ペイン、トマス・スペンスの思想:ベーシックインカム構想の起源(2021/1/31)
3)ミルトン・フリードマンの「負の所得税」論とベーシックインカム(2021/2/19)
4)カナダオンタリオ州ミンカム等ベーシックインカム、実験導入事例紹介-1(2021/3/6)
5) BI実験と効果誘導に必要な認識:ベーシックインカム、実験導入事例紹介-2 (2021/3/7)
6)メディア美学者武邑光裕氏による無条件ベーシックインカム論とドイツBI事情-1(2021/3/8)
7)ドイツでUBI実証実験、2021年6月開始:武邑光裕氏によるドイツUBI事情-2 (2021/3/9)
8)米カリフォルニア州ストックトン市のベーシックインカム社会実験、中間報告(2021/3/15)
9) 1968年凶弾に倒れたキング牧師を動かしたアメリカ福祉権運動とベーシックインカム (2021/3/17)
10) ベーシック・インカム世界ネットワーク(BIEN)の位置付け (2021/3/22)

2.ベーシックインカムと「自助・共助・公助」
・ITによる格差の拡大
・物流の完全無人化は可能か
・クリエイティブ系の仕事は増えるけれど
・コロナ危機が時代を10年早送りした
「自助・共助・公助」は何を意味するか?
・ベーシックインカムは「 自助・共助・公助」 に反する
上記の項に従って進められるこの節の重要な論点は2つです。
中間所得層の雇用減少・低所得化・貧困化と格差拡大をもたらすAI社会とコロナ禍がベーシックインカムの必要性を加速化する
一つは、このところ進んできた中間所得層の減少と低所得層の増加が、今後のIT社会の加速化によるAI社会の実現に伴い、中間所得層を形成した職業群がAIに置き換えられ、雇用が減少し、二極分化して格差がより拡大。
そのため最低限度の生活を保障するためにBIが必要になること。
そうした予測を説明補完するものとして物流の完全無人化の時期を提示。
また、AI社会やBI実現で増えるとされるクリエイティブ系の職業であっても多くは低所得に留まり、実質的な雇用増にはならないといいます。
この時代予測の進行の速度を10年は早めたのが、コロナ危機がもたらした失業や貧困であり、昨年の特別定額給付金が一種のBIと見なされたことがその要因の一つと例示します。
今回の衆議院宣選挙に当たって、日本維新の会が社会保障制度としてのBIの導入を「給付付き税額給付」との選択肢として政策に掲げ、国民民主党が作為的に、本来BIではない「給付付き税額給付」を日本型BIとして掲げ、注目されたこともコロナ禍がもたらしたものと言えるでしょう。

ベーシックインカムは、「自助・共助・公助」や常識に反する、発想の転換が必要な制度
もう一つは、それにより安倍・菅自民政権首相が主張した「自助・共助・公助」ではカバーできなくなる層が増えること。
井上氏は、社会保障制度の基本的な在り方としての 「自助・共助・公助」 は特に間違ってはおらず、政府批判の野党もこの理念を覆す政策を提示できていないと言います。
しかし、実はBIは 「自助・共助・公助」 の原則に反するものであり、政府がBI導入に反対するのは常識的で妥当なことだと。
また、自民党政権に批判的で、「困っている人だけを支援すればいい」と主張しがちな福祉の拡充を求める左派的政党も、結局 「自助・共助・公助」 と言っているのと変わらないとも。
与野党とも、「困っている人だけを支援するというのは「自助」や「共助」ではどうにもならない人だけを「公助」するというわけで、その人々だけをピンポイントで狙い撃ちして支援することの困難さを理解していない、というわけです。
すなわち、BIという制度は、これまでの常識に反したものであり、発想の転換が必要だと主張しているのです。

困窮している人すべてを救済するものではない現状の社会保障制度
ピンポイントで困窮している人々を救済する現状の社会保障制度。
例えば、
・失業者に対する失業保険
・母子・父子家庭など一人親世帯の子どもに対する児童扶養手当
・生活保護
などがそれです。
しかし、生活保護においても選別的で、健康と見なされた場合や、親・兄弟の支援が受けられると見込まれた場合、その他種々の条件が規定され、生活保護基準以下の収入しかないにも拘らず給付を受けていない世帯が多いことが、約2割という捕捉率に表れていることは知られています。
次に、この「生活保護制度」の問題をより深堀りし、ベーシックインカムの具体的な提案に至る主張・提案を確認することにします。

3段階に分けて導入する二階建てベーシックインカム
<第2章 なぜ、ベーシックインカムが必要か > の後半です。
井上智洋氏提案のベーシックインカム再確認ー4:『「現金給付」の経済学 反緊縮で日本はよみがえる』から考えるー3 (2021/11/6)
<第2章 なぜ、ベーシックインカムが必要か >から
第2章は、以下の節と項で構成されています。
第2章 なぜ、ベーシックインカムが必要か
1.現状と歴史はどうなっているか
・コロナ危機とベーシックインカム
・ベーシックインカムはネオリベ的か?
・社会保障制度とベーシックインカムの起源
・20世紀のベーシックインカム論
・実現に向けた取り組み
2.ベーシックインカムと「自助・共助・公助」
・ITによる格差の拡大
・物流の完全無人化は可能か
・クリエイティブ系の仕事は増えるけれど
・コロナ危機が時代を10年早送りした
「自助・共助・公助」は何を意味するか?
・ベーシックインカムは「 自助・共助・公助」 に反する
3.生活保護は廃止してもよいのか
・生活保護には欠点がある
・ベーシックインカムと負の所得税
・生活保護は廃止すべきか
・制度はもっとシンプルであるべきだ
・「理由なき困窮者」を見捨てない
4.二階建てベーシックインカムへの道
・当面は追加型BIしかない
・貨幣制度の大きな欠陥
・ヘリコプター・マネーの具体案
・二階建てべーシックインカムとは何か?
・インフレ率目標が達成できない理由
・変動ベーシックインカムで景気をどう調整するか?
・実現に向けた三つのフェーズ
・財源はどうするべきなのか?
今回は、本書の核心の部分である第2章 <3.生活保護は廃止してもよいのか>< 4.二階建てベーシックインカムへの道 > の2つの節について取り上げます。
3.生活保護は廃止してもよいのか
・生活保護には欠点がある
・ベーシックインカムと負の所得税
・生活保護は廃止すべきか
・制度はもっとシンプルであるべきだ
・「理由なき困窮者」を見捨てない
以上の項目に従い、現状の生活保護制度の欠点に焦点を当ててこの節は進められますが、以下のように編集してその概要を紹介することにします。
「貧困の罠」を発生させる生活保護制度
初めに、現状の生活保護制度では、働いて収入を得るとその分だけ給付が減らされるため、その労働収入に対する控除があってもあまりにも小さいため、労働のインセンティブが働きにくく、「貧困の罠」から抜け出しにくいことを指摘します。
要するに、働いてもその分生活保護給付額が減らされるため働く意欲をなくし、貧困から抜け出しにくくなり、現状に甘んじるケースが多いというわけです。
所得に「崖」を発生させる生活保護
次に、最低所得保障ではなく、「所得制限ありの一律給付」とすると、その所得制限額との所得額の差が1円であっても一律給付額から1円だけ差し引いた金額の所得差が、「崖」のように生じる問題を指摘します。
富裕層にも一律でBIが支給される場合の所得税課税措置
「貧困の罠」や「給付額の崖」問題に対して、無条件にすべての人々にBIを支給する場合、なぜ富裕層にも支給するのかという批判が一般的になされます。
それに対しては、BI支給後の富裕層への所得税への追加課税措置で、国民所得全体の再分配を行うことで対応するとします。
ベーシックインカムと同様の機能を果たす「負の所得税」
この富裕層への増税方式に対して、同様の機能を持つ制度として、ミルトン・フリードマンが提唱した「負の所得税」を次に紹介します。
一定の税率及び控除額の設定により、税額がマイナスになる場合に、そのマイナス分を負の所得税として還付するこの方式は、ベーシックインカム給付と同じ効果を持つものと説明します。
しかし、私は、この給付付き税額控除の「負の所得税」方式は、所得がある人を前提としたものであることから、ベーシックインカムとは似て非なるものとしています。
しかし井上氏は、こうした議論の問題の本質は「高所得者が増税による純負担を容認するか否か」にあるとし、租税と社会保障制度をどうバランスさせるかにより、負の所得税と同等の効果をもつ制度設計が可能と結論づけているのです。
生活保護制度を残した上でのベーシックインカム
こうした一般的にBIや負の所得税などを巡る議論と自身の考えを紹介しながら、同氏は「社会保障制度を取捨選択し、整理した中間型BIを理想としている」と言います。
その前提で、BIが貧困者支援に代替することは可能、障害者や傷病者の支援の代替は不可能であり、後者は従来の制度が維持されるべき(場合によってはより手厚く)とします。
そして、生活保護については、決して廃止するのではなく、BIが導入後においても何らかの理由で生活に困窮する人、場合が出てくる可能性も考慮し、生活の「ラスト・ディフェンス」として位置付け、継続すべきと言います。
理由なき貧困者を見捨てないベーシックインカム
以上の考察を踏まえながら、現状の児童扶養手当を巡る矛盾や、困窮が課題とされるひとり親世帯以外でも低所得を強いられている世帯など、多種多様な、かつ「理由なき困窮者」を見捨てない普遍的な制度としてのベーシックインカムの必要性・意義を強調して、本節を括っています。

<参考>
1)代替型BI(ネオリベ型):既存の社会保障制度を全廃
2)中間型BI(取捨選択型):社会保障制度のある部分は残して、それ以外は廃止する
3)追加型BI(反ネオリベ型):既存の社会保障制度をすべて残す
4.二階建てベーシックインカムへの道
・当面は追加型BIしかない
・貨幣制度の大きな欠陥
・ヘリコプター・マネーの具体案
・二階建てべーシックインカムとは何か?
・インフレ率目標が達成できない理由
・変動ベーシックインカムで景気をどう調整するか?
・実現に向けた三つのフェーズ
・財源はどうするべきなのか?
前節で、BIの意義・必要性の確認を行なった後、いよいよ同氏の提案するベーシックインカムについての詳論がこの節で展開されます。
上記の項に従い進められますが、ここでは、第1章でも触れられたアベノミクスや長引くデフレ経済の原因等に直接・間接に関係する項については省略し、直接BIに関する太字項の提案・提起に絞って紹介することにします。
井上氏提唱の二階建てベーシックインカムとは
井上氏は、当面は追加型BIを導入するしかないとした上で、固定BIと変動BIの二階建てで形成するベーシックインカムを提案。
それぞれの目的・財源などを以下としています。
1)一階:固定BI=税金を財源とし、「最低限の生活保障」が目的で、国会の予算案によってその額が決定される。
この財源は、最初国債でまかなっても、利払いにより投資家(金融機関)に「ただ飯」を食わせることになるため、いずれ税金に置き換わっていくことが望ましい。
ただし、固定というが、国会で決議すれば、最低限度の生活保障を守るために増額・減額いずれも変更可能である。
2)二階:変動BI=「景気のコントロール」が目的で、貨幣を発行することで得られる「貨幣発行益」を財源とする。
ただし、貨幣発行益はイメージであって、現制度化では、政府支出に見合っただけの増税か国債発行が行われ、その「国債」を中央銀行である日銀が引き受けるケースを意味することになる。
井上氏提唱のベーシックインカム三段階導入法
上記の井上BIは、3つの段階を踏まえて導入・実現するとしていますが、前項同様、その内容を簡潔にまとめたものを転載させてもらうことにしました。
1)フェーズ1:固定BI導入(国債を財源とした追加型 BI )
1年目月3万円からスタート、月7万円目標
万一インフレ率が上昇し過ぎたら増税するか金利を引き上げる。
2)フェーズ2:固定BIの財源切り替え。国債を税金に
変動BI導入
増税すれば景気が悪化するため、その悪化分だけ変動BIの給付額を増やす。
3)フェーズ3:二階建てBI完成
追加型BIから中間型BIへ
ただし、社会保障制度を改革し、 追加型BIを中間型BIに転換する作業は3フェーズに至って以降長く続くだろう。

格差是正には、所得税増税による再分配よりも資産税増税が有効
先述した本節の最後の項は< 財源はどうするべきなのか? >というものです。
固定BIの財源として所得増税を提起している井上氏ですが、そこでは、所得税は税逃れが容易にできる、いい加減な税制と言います。
そこで格差縮小には、資産課税の方が有効とし、2020年9月末の個人金融資産約1900兆円、法人金融資産約1200兆円合計3100兆円に対して3%の課税で、90兆円余りの財源確保が可能と試算します。
これに炭素税等の環境税等を加えれば100兆円確保も十分可能に。
しかしこれもかなり大雑把で乱暴な試算であり、個人金融資産においてもその額の差や偏りなど一律では処理できないですし、そうなればそうなったで、個人も法人も何かしらの対策・対応も図るでしょうから、机上の試算通りにはいかないと私は考えています。

こうした本節最後の内容を踏まえて、次回は、<第3章 政府の「借金」はどこまで可能か>で、BIの財源問題に関する井上氏の考えを確認することにします。

デフレ脱却やBI実現には、政府の「借金」「財政不健全化」が望ましい
井上智洋氏のBI論を、近著 『「現金給付」の経済学 反緊縮で日本はよみがえる 』 (2021/5/10刊・NHK出版新書)を紹介し考察することで再確認するシリーズを進めています。
今回は、<第3章 政府の「借金」はどこまで可能か>を取り上げます。
井上智洋氏提案のベーシックインカム再確認ー5:『「現金給付」の経済学 反緊縮で日本はよみがえる』から考えるー5 (2021/11/9)
<第3章 政府の「借金」はどこまで可能か>から
第3章は、以下の節と項で構成されています。
第3章 政府の「借金」はどこまで可能か
1.財政赤字をめぐる三つの立場
・コロナ増税を警戒せよ
・税制健全化は必要か?
・政府が「借金」して何が悪い?
・ケインズ主義とは何が違うのか?
・財政ハト派のケインズ主義の問題点
2.現代の貨幣制度とMMT
・モズラーの名刺の逸話
・お金を使うとお金が増える
・マネーストックとマネタリーベースの違い
3.お金はいつ生まれ、いつ消えるのか
・財政支出と徴税の際のお金の動き
・日本を衰退に導いた大いなる勘違い
・お金を増やすには「借金」しかない
・なぜ税金は財源ではないのか?
4.政府の「借金」はなぜ問題ないのか
・「借金」を増やしても良い理由
・国債を貨幣化するとどうなるか?
補論 ドーマー条件と横断性条件
・ドーマー条件とは何か?
・横断性条件とはなにか?
・ノン・ポンジ・ゲーム条件
・マネタイゼーションした場合はどうなるか?
この章は、本書のタイトルが『「現金給付」の経済学』とされているように、現金給付によるベーシックインカムを行うに当たって、その財源を政府が発行する国債すなわち「借金」で賄うことが適正とする根拠を示すためのものです。
また「経済学」書としていることで、本書における重要な章であることも分かります。
その考え方を、上記の節と項の構成順に従い、ポイントを抽出し、少し私が感じた点も混じえて確認してみます。

1.「財政赤字をめぐる三つの立場」から
井上氏の基本的な考えは、これまで当サイトの他の記事で紹介してきたように、デフレ経済からの脱却を不可欠とし反緊縮を掲げ、ベーシックインカム実現を主張するものです。
そのBI導入においては、政府の借金は、国の財政上まったく問題がない。
すなわち一般的な、国の財政赤字が膨れ上がることを誤った財政政策とすることに反対するのです。
故に、<コロナ増税を警戒せよ><財政健全化は必要か?><政府が「借金」して何が悪い?>というわけです。
衆議院選の各党公約の中に、さまざまな<バラマキ>政策が盛り込まれ、自公政権が絶対多数を確保して終えた今は、公明党が公約として掲げた、すべての18歳以下の国民への一律10万円給付実現に向けての動きが表面化しています。
それに対して、自民党高市政調会長が昨日反対を表明し、すんなりとはいかないかの様相を呈しており、果たしてどうなるか。
公明党はその財源として、昨年予算計上されたものの未執行に終わっているものを充当するとしてはいますが。
未執行分とはいえ、元はと言えば、財源は赤字国債発行によるものです。
またコロナ禍による家計への打撃、消費の低迷などを理由にした、消費税の一時的減税や廃止などの公約を掲げた党もあり、コロナ増税への懸念は、しばらくは不要かなとは思いますが。
MMT現代貨幣理論を用いての財政健全化不要、政府の借金は問題ない論。ただしインフレの程度には問題がある、という主張
財政健全化に関して、井上氏は「そのために政府支出を減らしたり増税する必要は、「MMT現代貨幣理論」の立場からは必要なく、むしろ害悪ですらある」と言います。
MMTは、主流派経済学が支配するミクロ、マクロなど標準的な経済理論に対して、マルクス経済学とともに「非主流派」の経済学理論、異端とされていると紹介し、以下その特徴を付け加えています。
MMTについて、「政府の借金はインフレをもたらさない限り問題ではない」という一般的な言い回しを「自国通貨を持つ国にとって、政府支出が過剰かどうかを判断するバロメータは、赤字国債の残高ではなくインフレの程度である」と説明。
「アメリカやイギリス、日本などは、それぞれ自国通貨を持ち、国や中央銀行は通貨の製造者であり、必要な資金を自らつくり出すことができ、資金が尽きることはなく、借金をする必要もない。」と加えます。
そして、本来「国債」による財源調達は「借金」ではなく、正確には「債務」や「負債」と呼ぶべきと言います。
しかし、財政破綻が起きないにしても、国債を発行して政府支出を増大し(借金が増え)続ければ、やがてインフレが起きることに警戒が必要とします
均衡・反均衡をめぐる3つの財政論
次に、政府の借金は問題ではないとすることから、ケインズ主義も同じと指摘されることから、ケルトンによる次の3種類の財政政策を紹介し、井上氏自身がどの分類の立場でこの問題を捉えているかを示します。
1)財政タカ派:短期的均衡財政主義
いかなる時でも政府は財政収支をゼロないし黒字にすべき。景気云々に拘らず、政府支出は収入である税収以下であるべき。
2)財政ハト派:長期的均衡財政主義
景気が悪い時には、政府は借金をしてでも支出を増大させ、景気をよくする必要がある。好況時には逆に、政府支出を減らすか増税により、赤字分を埋め合わせする必要がある。
ケインズ主義者は、主としてこの派に当たる。
3)財政フクロウ派 :反均衡財政主義
色々な意味合いがあるが、長期的にも均衡財政を達成する必要はないとする。
過度なインフレになるまでは「借金」が増え続けても支障ない。
MMTは、基本的にはこの財政フクロウ派に沿う考え方であり、井上氏自身もこれに当たるとしています。
長期化する不況下、膨大な財政赤字解消の目処が立たたなくても緊縮的政策を唱えることもあるケインズ主義経済学者への疑問
こうした分類に従う時、長期的財政均衡主義の財政ハト派に属するはずのケインジアンが、長期化するデフレ経済においても、需要不足以外の原因を擁して緊縮政策を唱えることさえあることに井上氏は疑問を呈します。
そしてこれに財政ハト派も加えたそれらの主流派経済学者の理解不足を指摘するのです。
2.「現代の貨幣制度とMMT」から
本節はMMTをテーマとしているように見えますが、その端的な意味は、先述のレベルでよしとして、現代の貨幣システムに関する記述を、ここで参考までに取り上げておくことにします。
政府支出は、お金の消費・消失ではなく、お金の増加という実態
現代の貨幣システムは
・政府と中央銀行の間に民間銀行が存在し
・この民間銀行を介して政府と中央銀行が間接的に国債と貨幣のやりとりをしている
が、この国債の存在がさらに貨幣システムを複雑にしている。
・政府支出を行うと世の中に出回っているお金「マネーストック」が増える。
政府支出とは、公共事業や政府や地方自治体の行政のための人件費その他の費用、医療・介護・年金その他の社会保障・社会保険等への支出など、さまざまな形で生活や社会経済を営むために政府が、税収や国債発行で調達した通貨で支出・使用すること。
しかし、支出と表現はするが、実際には、市中に出回るお金は、消えてしまうのではなく、逆に増えることを意味する、というわけです。
マネーストックとマネタリーベースの違いを知っておく
もう一つ経済学の基礎知識を。
お金については以下の2種類を理解しておきたい。
1)マネーストック:企業や個人など普通の民間経済主体が使うお金で、「現金」と「預金」から成り立つ
2)マネタリーベース:銀行同士の取引に使う特別のお金で、「預金準備」と「現金」から成り立つ
「預金準備」とは、民間銀行が中央銀行に預けているお金で、マネタリーベースは、銀行間の取引以外に「政府と民間銀行の取引」にも使われる。
また、政府が日銀に預けている「政府預金」はマネタリーベースではないが、それと同類のお金と見なされている。

3.「お金はいつ生まれ、いつ消えるのか」から
次に、この節が意外に重要な節になります。
井上氏は、バランスシートを用いて説明しているのですが、省略して、簡単な文章もしくは式でそのポイントをメモしてみます。
デフレ脱却には、政府の「借金」「財政不健全化」が不可欠?
まず、著名な経済学者も犯し続けてきた間違いを指摘しながらの説明です。
1)国債を発行した分を政府支出した場合、プラスマイナスゼロになるのではなく、政府が借金をすれば、増税同様に、その分だけ世の中に出回っているお金が消滅するわけではない。
2)その理由は、多くの場合国債を購入するのは民間銀行であり、民間銀行は預金で国債を買うのではなく、預金準備で買う。
3)すなわち、民間銀行は預金準備が減少し、保有国債が増え、預金に変化はない。
4)通常、民間銀行は法定準備率をギリギリ満たす程度の預金準備しか保持しておらず、国債購入のための余分の預金準備は持ち合わせていない。
5)従い、民間銀行が国債を購入するタイミングで、中央銀行はそのための資金である預金準備を、民間銀行保有の国債(既発債)の購入する代わりに供給して増大させる。
6)すなわち、政府が使う資金の元手は中央銀行であり、他所から持ってくる必要はない。
7)中央銀行の機能を政府自身が持つ統合政府という形式の場合は、政府自身が使う資金を自分がつくり出すことになる。
8)これは、民間部門から資金調達しているように見えるが、見せかけであって、本質的には自らお金を作りだして資金調達していることを意味する。
こうしたことをしっかり理解すると、以下に行き着きます。
1)政府支出 ⇒ お金が増える
租税 ⇒ お金が減る
国債発行 ⇒ お金に変化なし
2)租税+政府支出 ⇒ お金に変化なし
国債発行+政府支出 ⇒ お金が増える
すなわち、
1)政府が「借金」をして支出するとお金が増える
2)お金を増やすには政府は「借金」をしなければならない
また、
1)民間銀行による企業への貸し出しによりお金をつくる「信用創造」は、(コンピュータのキーボードを叩く)「キーストローク」による貨幣創造で行われる。
2)そこで、企業への貸し出しと同時に、預金というお金(マネーストック)が増大する。
そして、
1)プラス金利下ならば、中央銀行による金利引き下げ政策で、貸し出しを増大させ、マネーストックも増大できるが、ゼロ金利下では、その政策の実施はほとんど不可能である。
2)従い、マネーストックを増大させるには、政府の「借金」を増やすしかない。
3)それによりマネーストックが増大すればデフレからの脱却が可能になる。
4)すなわち、「財政不健全化」こそが正しい政策である。
という結論に至るわけです。
税金は財源ではない?
「世の中に出回るお金は、政府支出によって生まれ、租税によって消滅する、となれば、そもそも政府支出を行うために税金を徴収して財源を確保する必要はない。」
こうしたロジックを踏まえて、この節の最後に、MMTでいうところの「租税は財源ではない」ということについて触れています。
ここで井上氏は、それは「財源」の定義に関わる問題とし、<マネーストックのレイヤー><マネタリーベース・政府預金のレイヤー><歳入・歳出のレイヤー>という3種類のレイヤー概念を用いて説明します。
すなわち、
1) <マネーストックのレイヤー>では、政府支出と貨幣創造の関係による「貨幣は無から生まれる」こと
2) <マネタリーベース・政府預金のレイヤー>では、預金準備と政府預金の関係から「政府預金の源泉は預金準備」であること
3) <歳入・歳出のレイヤー>では、租税と公債金による「歳入」と(基礎的財政収支対象)経費と公債費による「歳出」とが同額であること
のうち、先の2つのレイヤーで見れば、自国通貨を持つ国の政府は、他所から資金調達をしてくる必要がないとみなすことができることで「税金は財源ではない」と見ることが可能になる。
という説明になっています。
ちょっと最後は分かりづらいですね。
他に、租税は、世に出回るお金の回収で、景気を調整する機能・目的を持つという理論もありますが、井上氏はそこには触れていません。
4.政府の「借金」はなぜ問題ないのか
では、最後の節で、政府の借金の合理性のダメ押しのロジックを確認することにします。
永続的な経済主体である政府は、必ずしも借金を完済する必要がない前提で成り立っている
破産宣告を受けて禁治産者になる以外は個人の借金は返さなければならないのに対して、銀行は預金という借金を拡大し、貸付などを行い、その借金を完済することはない。
この前提としての資本主義経済では、政府もまた永続的な経済主体組織として、国債は期限が来たら償還するが、新たな国債を発行して、借り換えすれば済む。
すなわち、国債残高をゼロにする必要はないと言い換えることができる。
しかし、それは自国通貨を発行できる国に限ったことであり、それにより中央銀行が買いオペして、国債と通貨を交換すればよいわけです。
「無利子永久債」の通貨の発行は、永久に利払い不要で、インフレ対応が必要のみ
ということで、利払いの必要がなく、実質償還期限もない債権の性質をもつ「無利子永久債通貨」を政府が発行することで、ベーシックインカムの給付に充てることが可能になるというわけです。
インフレ対策として動員するマネタイゼーションは、政府の「借金」を無害化できる
ただし、繰り返しになりますが、過度な通貨発行で発生のリスクが高まるインフレには配慮が必要で、その発生時には、社会に出回っている主として民間銀行が保有する「国債」を日銀が買い入れ、「通貨」に換える「マネタイゼーション(貨幣化)」で対応するとしています。
金利上昇対策としての国債の通貨への交換による通貨の過剰な出回り、金利上昇時の利払いへの通貨発行等によるインフレ発生時にもマネタイゼーションを実施するというわけです。
こうして、マネタイゼーションが、政府の「借金」を無害化する確実な手段ということになります。

BI導入によるインフレ発生リスク対策を組み入れた井上BI論に潜む別のリスク
国債発行とその買い上げによる通貨発行で発生するインフレを、国債買い上げのマネターゼーションで対応する。
それ以外に、企業や市民が保有する現金通貨を預金等に吸い上げるために金利を引き上げる方策も一般的です。
ここでは、そのことに関して井上氏は踏み込んでいません。
また、別の観点から、MMTを基本として通貨発行がある意味際限なく行われるリスクがあることを確認し、その対策を十分に考え、ルール化しておく必要があります。
例えば、軍事費に充当するなどです。
こうしたBI以外の特定の政府支出にMMTの考え方が方針・政策として活用されるようになると、もう歯止めが効かなくなる可能性も出てくるわけです。
私は、財政規律主義に拘泥している限りは、真のベーシックインカムの実現は困難と思っています。
そういう意味では井上氏の提案には、賛同する部分も大きいのですが、その歯止めとなる規律・規定を明確に、言うならば普遍的に守る絶対的なルール、結局それは憲法になるのでしょうが、が必須となります。
しかし、よく「法の支配」を盾にすることで、憲法の絶対性を主張することも一般的なのですが、実は憲法自体、改正可能なわけで、絶対的な絶対はないと言えるのです。
まあ、これを言い出すと結局、原発を保有するかしないか、戦争を放棄するかできないか、の議論と同質のものとなり、何も進まなくなるので、問題提起・確認に留めておくことにしましょう。
なお、<補論 ドーマー条件と横断性条件> は省略しました。
さて次回は最終回。
最終章<第4章 脱成長の不都合な真実 >で井上氏の経済対策としてのBIの位置付けを確認し、併せて本書に関する総括を行います。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
脱成長vs反緊縮と経済第一主義とベーシックインカム
今回は、最終回最終章の<第4章 脱成長の不都合な真実 >になります。
井上智洋氏提案のベーシックインカム再確認ー6:『「現金給付」の経済学 反緊縮で日本はよみがえる』から考えるー6(2021/11/12)
第4章の構成は以下のとおりです。
第4章 脱成長の不都合な真実
1.完全雇用が達成されればよいのか
・雇用保障プログラムとは何か?
・雇用保障プログラムの問題点
・本当に完全雇用を実現できるのか?
2.デフレマインドが日本を滅ぼす
・完全雇用で満足してはならない理由
・労働者と企業経営者のデフレマインド
・デフレマインドで科学技術も衰える
・出版不況の原因は何か?
・新国立競技場のザハ案が却下されたのはなぜか?
3.脱成長論とグリーン・マルクス主義
・脱成長論とは何か?
・グリーン・マルクス主義
・地球温暖化は本当に害悪か?
・グリーン・ケインズ主義
・経済成長と二酸化炭素排出のデカップリング
・すでに物欲は減退し始めている
・反緊縮主義とは何か?
4.なぜ経済成長が必要なのか
・経済成長と幸福の関係
・近代世界システムから考える
・日本の衰退と中国の勃興
・「日本人」と「香港人」の意外な共通点
・私たちはもっと豊かになっていい
おわりに
<第4章 脱成長の不都合な真実 > から
上記の構成に従って、以下、各節ごとにポイントとして受け止めた内容の概要を紹介しながら、少し考えを添えていきたいと思います。
1.完全雇用が達成されればよいのか
・雇用保障プログラムとは何か?
・雇用保障プログラムの問題点
・本当に完全雇用を実現できるのか?
以上項目で構成されるこの節では、政府の国債発行による「借金」によるベーシックインカムの給付の財源化、財政赤字についての合理性、何の問題もないという根拠の一つとして用いられるMMT現代貨幣理論について存在する問題について井上氏は述べています。
MMTによる雇用保障プログラム(JGP)とそのビルトイン・スタビライザー機能の疑問・問題点
まず、MMT借金の政策提言の主軸にある、完全雇用を実現する手段であり、希望する失業者をすべて政府が雇用して仕事をさせる制度「雇用保障プログラム(JGP)」に対する疑問。
そこでMMTに、裁量的なコントロールに拠らない、次のような景気の自動安定装置「ビルトイン・スタビライザー」の役割を与えたことに対してである。
・JGB導入時には、景気が悪いときには多くの失業者がJBPに参加し、政府支出が拡大し景気は活性化する。
・好況期には、JBP参加者が民間に移り、政府支出が減少し景気が抑制される。
この考え方について井上氏は、次のように問題・疑問を提起します。
・失業に応じて政府や自治体が仕事をつくり出すとなると、無駄な仕事も作る可能性が高い。
・なすべき仕事があるから雇用がつくり出されるべきで、この順序が逆になると「ブルシット・ジョブ、クソみたいな仕事)までつくり出される。
・介護士や保育士のような本来公共部門が担うべき仕事は、JBPには適切ではなく、景気が良くなったからといって雇用を減らすわけにいかず、可能なかぎり正規に雇用されるべき。
・言い換えれば、JGPに向いているのは「必要不可欠ではない仕事」になってしまう。
また
・租税によるビルトイン・スタビライザーは十分の機能せず、結局的な財政・金融政策が必要と考えられているのと同様に、JGPによるそれも、例えば、失業者に一定程度の賃金を与えたことで十分な消費支出を促す額に達するとは限らないよう、効果をもたらす保証はない。
・従い、JGPでは解決できない深刻な不況にどう対処すべきかといって問題に対する回答は、MMTからは明確には得られない。
完全雇用の実現は本当に可能か?
その前提で、JGPを導入すれば、果たして本当に完全雇用は実現できるか、と疑問を提示。
JGPに参加して退屈な仕事や辛い仕事をするよりは、自分に合った充実した仕事を得るために就職活動に専念しようという人が現れてくると言います。
そうして自分により適した職を求めて民間企業への就職を望むことは贅沢なことだろうか?とも。
私もこの意見に賛成です。
そもそも、保守層や政権政党の多くが、社会保障・社会福祉の条件として、初めに雇用ありきの「ワークフェア」を持ち出すことに私は反対です。
井上氏の意見に加えて、雇用、雇われることではなく、自ら職・仕事を創出し、その望む職業に就くことも選択肢とされるべきと考えるのです。
そういう意味では、完全雇用、完全就労は決して究極の目標、強制されて実現すべきあり方ではないと思うのです。
そしてベーシックインカムはそれを支えるものであると。
2.デフレマインドが日本を滅ぼす
・完全雇用で満足してはならない理由
・労働者と企業経営者のデフレマインド
・デフレマインドで科学技術も衰える
・出版不況の原因は何か?
・新国立競技場のザハ案が却下されたのはなぜか?
以上の項で構成される本節は、デフレマインドの浸透・深刻化・継続化がもたらす大きな負の影響について、いくつか分野の事例紹介を行うことで説明されています。
その取っ掛かりは、MMT同様完全雇用を重視するケインズ主義においても、仮にそれが実現されてもそれ以上の景気刺激悪が不要ということではないこと。
井上氏が経済学の本格的な研究と経済学者になることを志した原因であるこうした経済学の定説への疑問は、デフレ不況によってもたらされる「心の保守性」すなわち「デフレマインド」の重大性から導き出されたとしているのです。
そこで、科学技術や出版不況、新国立競技場デザイン案等については省略し、本項の最後にある以下の井上氏の言葉を引用して締め括ります。
私たちの日本政府は平成のデフレ不況を解消するために、積極的に財政支出を増やし、国民の間に広がったデフレマインドの払拭を図るべきだった。だが、政府自らがデフレマインドに侵されて支出を惜しむようになった結果、経済や科学技術どころか、教養や文化すら衰退しつつある。
果たして、そのような国に未来はあるのだろうか?
まあ、「未来はあるのだろうか?」などという使い古された、脅しにもならない物言いを経済学者がするのは、どういうものかと思わざるを得ないのですが。
誰にも響かないし、どんなものであろうと、未来は、一応は来ます。
3.脱成長論とグリーン・マルクス主義
・脱成長論とは何か?
・グリーン・マルクス主義
・地球温暖化は本当に害悪か?
・グリーン・ケインズ主義
・経済成長と二酸化炭素排出のデカップリング
・すでに物欲は減退し始めている
・反緊縮主義とは何か?
この節と次節が、井上BIの具体的な実現方法についてまとめた第2章と併せて、本書において最も重要な内容が集約していると受け止めています。
特に本章では、斎藤幸平氏によるベストセラー書『人新世の「資本論」 』(2020/9/22刊) を取り上げて、同氏の説に反論しているのです。
<参考>:斎藤幸平氏著『人新世の「資本論」 』考察記事シリーズ
◆ 帝国的生活様式、グリーン・ニューディール、気候ケインズとは:『人新世の「資本論」 』が描く気候変動・環境危機と政治と経済-1(2021/4/25)
◆ なぜ今マルクスか、「人新世のマルクス」:『人新世の「資本論」 』が描く気候変動・環境危機と政治と経済-2(2021/4/27)
◆ 資本主義と同根の左派加速主義大批判:『人新世の「資本論」 』が描く気候変動・環境危機と政治と経済-3(2021/4/29)
◆ 脱成長コミュニズムというユートピアは実現可能か:『人新世の「資本論」 』が描く気候変動・環境危機と政治と経済-4 (2021/5/2)
※これらの記事リンクはありませんが、いずれ、1記事にまとめて公開する予定です。
先述したように、積極財政(反緊縮的財政)によりデフレ不況からの完全脱却を図り、インフレ好況状態を可能な限り持続させるべきとする井上氏。
これに対して、「日本の左派・リベラル派は経済軽視の姿勢が根強く、「脱成長論」を振りかざす傾向にある」とします。
左派・リベラル派を批判する同視座を持つ左派経済学者松尾匡氏とその主張「反緊縮政策論」をこの項で紹介していますが、二人の共著『資本主義から脱却せよ』を取り上げた記事を当サイトでは投稿済みです。
このシリーズ記事も、近々1記事にまとめて、当サイトで公開し、ここで紹介します。

腰が引けた左派・リベラル派「緊縮型脱成長論」から、筋金入り左派思想に基づく脱成長論「グリーン・マルクス主義」の出現
その左派・リベラル派内における経済に関する論点の違い・変遷を井上流に整理すると以下になります。
・フランスの思想家セルジュ・ラトゥーシュ等による「人と地球に優しい資本主義」をめざす緩い「脱成長論」から
・最近の日本の左派・リベラル派による「緊縮型脱成長論」へ
・環境運動のシンボルカラー「グリーン」とマルクス主義のシンボルカラー「レッド」の融合といえる「グリーン・マルクス主義」的な緩やな議論
・筋金入り「グリーン・マルクス主義」とそのバイブルともされるかの斎藤幸平氏に拠る『人新世の「資本論」』のベストセラー化とその潮流
こうした流れが昨年一気に加速したことをこの項で着目する井上氏。
しかし彼は、グリーン・マルクス主義者が環境を守りたいのか資本主義を打倒したいのか、どちらが目的でどちらが手段かわからない、と言います。
そして、恐らく、資本主義打倒が究極の目的で、環境を守るというのは、そのための口実であろうと。
それは当然のことでしょう。
現状の環境に関する多くの問題課題は、マルクス存命中に既に発生していたわけではなく、同書は、マルクスが書き残した膨大な資料を読み問いて、斎藤氏が組み立てたグリーン・マルクス論であるわけです。
真に環境問題の重大さを論じるならば、特段マルクスを持ち出す必要はなかったはずというのが私の考え。
存命中に明らかにされなかった、あるいは書として世に送り出されなかった彼が残した資料に、環境に関する将来の見通しや警鐘、それと膨張する資本主義の将来の限界・崩壊リスクを、斉藤氏自身の想像力と創造性を駆使して統合した『人新世の「資本論」』は、マルクス復権すなわち資本主義の終焉とその後の社会の創造をめざすものでしかありません。
ちなみに「人新世」とは、「地質学的視点からの定義で、人類が地球を破壊し尽くす時代」を意味。
井上氏は、次に、地球温暖化が果たして害悪か?と疑問を呈します。
「3世紀の危機」「14世紀の危機」「17世紀の危機」という地球の歴史において発生した大きな危機は、地球の寒冷化によってもたらされたもので、温暖化が人類にとって本当に害悪かどうかの再検討も必要なのではと寄り道をします。
そして「グリーン・マルクス主義」に対して「グリーン・ケインズ主義」を引き合いに出します。
資本主義が環境破壊をもたらしたことが事実としても、やがて破壊を軽減する技術が進み、経済成長とCO2排出のデカップリング(分離)が可能になると。
それに対して斎藤氏が、政府が資金提供して再生可能エネルギー等の研究開発や普及を促進する「グリーン・ニューディル」でも間に合わず、カタストロフは不可避と。
これを1930年代の大恐慌時の財政政策「ニュー・ディール」にちなんで、「グリーン・ケインズ主義」として対抗としたものと。

反緊縮加速主義の提唱
そして斎藤氏が、そのベストセラー書において井上氏が提起した「純粋機械化経済」を取り上げたことを紹介しつつ、その論の中で批判した「加速主義」の妥当性を、斎藤論批判として提示します。
すなわち、国民にお金をバラ撒くような政策によって、需要の喚起とイノベーションを促進し、資本主義のダイナミズムを加速させて、資本主義を乗り越えようとする立場としての「反緊縮加速主義」を主張し、こう断言します。
乗り越えた先にあるのは、直接的な生産活動のほとんどがオートメーション化された「純粋機械化経済」と、人々が遊んで暮らせるような「脱労働社会」である。
そして
日本では、AIやロボットが本格的に人々の雇用を奪うようになるのは、2030年ごろからだと予想され、それまでにはかなり人々の労働観も変わっているのではないだろうか。
それに短中期的に見れば、反緊縮政策は景気を活性化するので雇用を増大させるはずだ。
と。
このご託宣には、同意も反対もしません。
ただし、疑問は大いに持っています。
労働や仕事、職業について、広い視野から論じているようで、実は極めて狭い、偏った見方での予想だから。
4.なぜ経済成長が必要なのか
・経済成長と幸福の関係
・近代世界システムから考える
・日本の衰退と中国の勃興
・「日本人」と「香港人」の意外な共通点
・私たちはもっと豊かになっていい
以上のテーマで締めくくりを試みる本書の最終項です。
重要なのは、反緊縮によって好況をつくり出すことや貧困層の暮らしぶりを豊かにすること。
加速主義によってAIやロボット等の自動化技術を進歩させ、賃金労働にそれほど骨を折らずに余裕をもって暮らしていけるようになること。
という経済学視点での再確認から本書の最終章・最終項を始めたのですが、途中から「近代世界システム」論に展開し、歴史的な「覇権国家」形成の要因と経緯に話が変わります。
それは、結局、経済的な豊かさ、成長の必要性を主張することと繋がりはするのですが。
過去英国により分割の憂き目を経験した中国の現在の動向は、過去の日本の姿と重なっており、それらは、国家が近代世界システムへ包摂される過程で生じた必然的な「狂気」とし、その「狂気」を前提に国際社会を考えなければならないと。
こういう展開になると、こちらもちょっと腰が引けてきます。
それが言いたいがための<脱成長論><反緊縮論>だったのかい?
ベーシックインカム、現金給付論なのかい?
と。
日本と中国が平和共存することも、もちろん不可能ではない。しかし、それが日本にとって「奴隷の平和」になたないようにするためには、経済力と科学技術力を高めておくことが必要不可欠なのである。
こういう基本的な意識・認識でベーシックインカムが仮に導入されれば、これまでの井上氏の論述は、すべてフェイクであり、本質的には、右派・右寄りの思想を基盤としたベーシックインカム導入論に、土壇場で覆されることになるのではと不安、というよりもむしろ疑問を感じざるを得ません。
この帰結は、この数行を書く少し前までは思ってもいなかったことで、自分ながら少しばかり驚いています。
軍事力の増強のための経済力の向上、そのための需要の創出。
はたまた、財政規律の不安・懸念を否定することでベーシックインカム給付の合理性を主張する。
それは、その論理を適用して軍備費用に充てることを合理化・合法化することをも想起させることに。
そんなつもりはまったくないと井上氏は否定するでしょうが、本書の最後をこういう落とし所にした意図は、どこにあったのか。
一応、真の最終章・最終項は「私たちはもっと豊かになっていい」というもの。
私は日本が強国になることを政府の第一の目標にすべきだと考えているわけではない。
むしろ貧困問題の解決などという比較的簡単なことは、政府はもう当たり前にように済ませてしまうべきだ、と言いたいのである。
(略)
脱成長論者は、(略)私たちの生活はもっと貧しく慎ましくあるべきだと主張するのであろうか。
日本で流行の脱成長論はそういう「清貧の思想」のような意味合いを持ってるため、私には賛成できない。
日本で脱成長論を唱えている知識人は、たいがいがお金持ちだ。(略)
そういう人たちの(略)主張は警戒すべきであり、(略)豊かさを望むことに罪悪感を覚えるようになる人もいるかもしれない。
しかし、そんな罪悪感を抱く必要などない。私たちはもっと豊かになっていいのである。
(略)経済成長が幸福をもたらすとは限らないが、結局は中身次第だ。
(略)
資本主義は確かに問題含みかもしれないが、経済成長そのものは肯定的にとらえられてしかるべきではないだろうか。
これが、結びの提言になっています。
最後の主張としてはなぜか尻窄みで、物足りないものに。

<おわりに>のこの一言に尽きる本書の提案・提言
蛇足ですが、<おわりに>の部分からも以下引用します。
この部分に最も共感・同意する故であり、ある意味では、本書の最重要提案と評価・同意できるからです。
現金給付の実験は学問的には興味深いが、その結果はBIを導入するか否かの判断にはさほど影響しない。
(略)
どの程度の額の現金給付がどの程度のインフレをもたらすかを知るには、給付対象を限定した実験ではなく、一国全体で実際に給付を行うしかない。
だから、とにかくBIを導入しよう、というのが私の主張だ。
だからと言って、「とにかくBIを導入しよう!」というのも、どういうモノか?

経済第一主義に依拠するベーシックインカム論の危うさ
私も経済成長に対しては肯定的に考える者ですが、前提条件としての「成長」の定義や領域、成長の主体については、種々思うところがあります。
ここではそれについてテーマとしませんが、日本においては人口減少社会における「成長」とは何か考えることも課題にすべきと思います。
それは、日本の経済における生産性をめぐる議論と同質のものでもあります。
かねてから申し上げているように、経済対策・経済政策としてのベーシックインカム論には、疑問を持っています。
基本的には、ベーシックインカムは、人が生きる上での生存権や基本的人権を守るための社会的共通資本としてあることが望ましいと考えています。
その実現と実行・利用が、結果的に経済活動に直結し、多様な豊かさや成長や問題課題解決に繋がるというものです。
井上氏の本書では、後述する他の著書同様、社会保障制度、社会政策を軸としたBI論は、生活保護制度とからめて論じる以外は見ることができません。
その経済第一主義は、結局国力の向上・増強、それを可能にする経済力向上・経済成長、そして多義的な豊かさの実現を目標とすることになります。
豊かさの尺度や基準は、本書でも取り上げている幸福度などと同様、同一・単一の基準で規定できるものではなく、解釈の仕方、利用方法によって相当の恣意性を孕んでいます。
それは、左派・左翼・リベラル内における意見・見解の対極化をもたらしていることは、本書でも明らかにされていました。
このことは、日本維新の会が衆議院選に当たって政策として掲げた維新BIに対してと同様、今後も十分心して掛かる必要があると考えています。

井上BI論から学ぶことができる考え方
後述する井上BI論に関する過去の考察記事でも触れましたが、井上BI論には、参考になる考え方・方法論がいくつかあります。
・段階的導入
・段階的導入に伴う異なる財源活用方法
・インフレ時の弾力的な給付運用方式
などです。
当サイトで提案している日本独自のベーシックインカム、ベーシック・ペンション生活基礎年金は、いくつかの実現のためのハードルを想定しており、長期的に実現をめざす理想論として描いています。
これをいかに現実的に、できるだけ早期に実現するか考えると、やはり段階的に導入するしかありません。
また、財源問題に関する合意形成はやはり相当の困難が予想されますし、専用のデジタル通貨化のための情報システム・管理システム上の課題も同様です。
しかし、日本維新の会がそれなりに真面目にBIを政策として掲げたことで、具体的な方法・内容に関する議論が、政治イシューとしてそろそろ活発に行われる可能性が出てきたわけで、これに対処する、場合によっては対抗する必要が高まる可能性があります。
特に、真のベーシックインカムの実現を考える左派・リベラル政党がないだけに、間違った方向に進められるリスクが高まっていると認識すべきと思います。
井上BI論の内実についてもフォローが必要なように。
とは言うものの、当サイトが何かしらの影響力を有するわけではなく、独り言の域を出ることはないかもしれません。
しかし、いずれ何かしらの形でベーシックインカムが実現される時を想定し、それがより望ましい、本質的・根源的な社会的共通資本としての制度・システムそして文化となることを願って、ベーシック・ペンション2022年版の提起に向けて作業を進めていきます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
BI研究者の使命とは、団塊世代の使命とは
2021年に発刊され、本稿の基とした『「現金給付」の経済学 反緊縮で日本はよみがえる』(2021/5/10刊・NHK出版新書)以降、井上氏の著書は手にしていません。
得意ジャンルのAIに関する著書は、2023年に出版しているようですが、既にAI書は巷に溢れ、AIエージェントはもちろん、AX、超知能をめぐる啓蒙書・解説書も、選ぶのに困るくらい、知識・情報の幅と量と質、領域・種類のシン化状況です。
本稿を含め、2020年以降のコロナ禍を経て、ポストコロナ禍の時期も過去のものとなろうかという時代。
ウクライナ・ロシア戦争にイスラエル・米国対イラン等国家地域間戦争が並行して進行する不確定時代。
そうした時代にも拘わらず、本稿の中で見た日本の政治における状況は、Biとは似て非なる「給付付き税額控除」が実現する可能性が高くなってきています。
資源がない日本の現状を打破するのは、やはり一時しのぎの補助金支給政策にとどまり、困難であることが、一層、日常生活において も感じられ、かつ影響を大きく受ける時代を確認しています。
こうした問題は、実は、「BI実現の壁問題」と根幹・根源は同じところにあると考えられます。
BI実現の壁を超克する道のりは、今、最初の【財源・財政問題の壁】とその取り組みの道筋を見出したところです。
しかし、その道筋の一つに、次の壁【マクロ経済問題の壁】が待ち受けています。
今回の井上BI論は、基本は、この「マクロ経済視点」を軸にした論考でした。
それは、本稿の中で評価・批判したように、「社会制度・社会システムの壁」視点を回避するものでした。
いささか、我田引水のきらいもありますが、重要な、社会的・経済的なテーマを追究するには、必ず周縁・周辺の関係する諸制度・システムにも関わっていくべきという方針で、当サイトの目的である「シンBI2050論」に取り組んでいます。
私は、研究者・学者といういわゆる専門家ではありません。
しかし、多くのBI論者の過去の論考を、こうして振り返るたびに、BIが、日本のみならず、グローバル社会においても、表現は適切ではないですが、いわゆる真の意味での「市民権」をもつ制度・システム、そして思想として形成されていないと感じています。
今回の井上氏の論述の中に、特定の年を目標あるいは想定した取り組みが描かれていましたが、何も実現しないまま、その年は過ぎています。
しかし、私とて同じことで、2020年から2022年・23年に考察したベーシックインカムとベーシックペンション論は、何も変わることはありませんでした。
そして、2026年の今、「シンBI2050」論と表札を換えて、リセット、リスタートを試み、何とか、これまでの「壁」を乗り超えるべく、歩みを進めています。
生きていれば100歳になる2050年。
この時代には、なんとか「シンBI20500」理念が具現化された日本社会が、実現しているようにと祈りつつ。
そして、それが実現されていれば、恐らく、現在の憂うべき日本の社会問題やグローバル社会の困難な事態にも、望ましい進展・シン化がもたらされていることも。


