1. HOME
  2. 日本BI事情・状況
  3. 国内BI関連研究者&関連書
  4. 小沢修司著『福祉社会と社会保障改革―ベーシック・インカム構想の新地平』から|旧サイト記事集約移管シリーズ5
国内BI関連研究者&関連書

小沢修司著『福祉社会と社会保障改革―ベーシック・インカム構想の新地平』から|旧サイト記事集約移管シリーズ5

ワークフェアと所得保障とベーシック・インカム

前回取り上げられた「社会的排除」の深刻化が、労働を通じての社会統合の危機を表している。
そこから、社会的排除と所得保障の問題について、いくつかの視点で小沢氏は考察します。

一つは、先のゴルツが、BIの積極提案者であるジョーダンとの間で行ったそれに関するベルギーでの1989年の研究集会での論争です。
ジョーダンが、BIによって標準的な消費生活への参加と地域コミュニティへの参加を保障することの重要性を強調。
一方、ゴルツは、前回取り上げたように、そうした自発的な活動の重要性は認めつつも、ペイドワークに就くことが資本主義社会では不可欠としていることで、この問題における両者の違いを指摘します。
もう一つは、これも以前に取り上げたアトキンスンによる参加所得としてのベーシック・インカムの採用の考え方です。

こうした微妙な違いを紹介しつつ、

福祉(所得)と就労(労働)を切断するところに特徴があるベーシック・インカムと、その双方を結びつけようとするワークフェア
アトキンスンによる無償労働をも包摂する「参加所得」はその中間的形態ということができるが、実施、双方の距離は計り知れないものがある。
しかし、ベーシック・インカムとワークフェアには、その議論が行われるべき共通の社会経済的背景がある。

 これが小沢氏のここでのまとめとなっています。

ワークフェアとは何か

次に「ワークフェアとはなにか」について、小沢氏は確認しています。

一般的に、福祉と就労を結びつける政策とされるが、就労を福祉供給の条件とし就労忌避へのペナルティが強いタイプから、福祉による就労支援の側面が強いタイプまでさまざまあるとします。
そして埋橋孝文[2002]による区分では
・アメリカやイギリスを典型とする「福祉から就労へ」タイプ(Welfare to Work)
・スェーデンに代表される「就労に伴う福祉」タイプ( Welfare with Work )
・後発資本主義諸国に見られる「はじめに就労ありき」タイプ( Work at first)
 宮本太郎[2001]による
・アメリカ型のワークファースト・モデル
・北欧型のサービスインテンシブ・モデル、に
・イギリス・ブレアの「第三の道・福祉のニューディール」的モデルの中間な位置付け
を例として示しています。

ただ、ワークフェア的な福祉政策が登場する背景が、社会的排除状況だけにあるのではないことを、宮本太郎の以下の意見を付け加えています。

財政の恒常的な逼迫状況下、福祉予算を効率的に活用し、単なる失業手当のような受動的手段ではなく労働力の質を高め、労働力のスムーズな移動を支援し、福祉給付を労働のパフォーマンスに連動させながら労働のパフォーマンスを高める課題に、グローバリゼーションが進む中で各国政府が直面している。

 こうした宮本氏の当時の提起・提案が、既に他サイトで同氏の近著『貧困・介護・育児の政治 ベーシックアセットの福祉国家へ』(2021/4/9刊) を用いて考察し、シリーズ化した以下の記事で確認頂けます。

(参考)
1.ベーシックアセット提案の宮本太郎氏のベーシックインカム論-1(2021/8/20)
2.福祉資本主義の3つの政治的対立概念を考える:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』序論から(2021/9/3)3.ベーシックアセットとは?:ベーシックアセット提案の宮本太郎氏のベーシックインカム論-2(2021/9/4)
4.増加・拡大する「新しい生活困難層」:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』からー2(2021/9/5)
5.貧困政治での生活保護制度と困窮者自立支援制度の取り扱いに疑問:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』からー3(2021/9/7)
6.貧困政治とベーシックインカム、ベーシックアセット:ベーシックアセット提案の宮本太郎氏のベーシックインカム論-3 (2021/9/8)
7.利用者視点での介護保険制度評価が欠落した介護政治論:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』からー4 (2021/9/9)
8.政治的対立軸を超克した育児・保育政治を:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』からー5 (2021/9/11)
9.理念・構想・指針としてのベーシックアセット、現実性・実現性は?:ベーシックアセット提案の宮本太郎氏のベーシックインカム論-4(2021/9/13)
10.ベーシックアセットの前に社会保障政治改革を:宮本太郎氏『貧困・介護・育児の政治』からー6 (2021/9/15)

小沢氏がここで紹介した宮本氏がその後進めてきた研究結果は、今日、「ベーシック・アセット」という一つの理想福祉国家政策としての提案に行き着いていることは、ある種の感慨をもって受け止めています。
が、それは、当時の考察がやはり何かをブレークスルーすることなく、今日に至っていることを示していると受け止めています。

ワークフェアの前提としての完全雇用や雇用の創出は可能か

小沢氏はこう続けます。

こうしてベーシック・インカムとワークフェアは「完全雇用」政策の破綻が進行する中で、保障を伴った雇用の柔軟化に対応するという共通点を持つことになるが、(以前にも述べたように)福祉(所得保障)と労働の一方は切断し、他方は結合するために両者には「労働至上主義がもたらす弊害の有無」に決定的な違いが生じる。

すなわち、
生活を労働市場(賃労働)に依存することが可能な状況に、今も今後もあるのかどうか、果たして雇用の創出は十分に行えるのか。
という課題、無償労働を労働と捉えるかや、自発的失業をどう捉えるか、結果的に女性が家事労働に囲い込まれるのでは、などの問題が繰り返され、これにエコロジカルな要素も絡んできます。
そのため、労働市場主義的なワークフェアでは、産業主義を助長してエコロジカルな緊張を高める一方、ベーシック・インカムは、エコロジスト的マルクス主義者のゴルツをはじめエキンズやロバートソンなどのエコロジストたちもBIに関心を寄せるというのです。

完全雇用は、実際のところ可能かどうか、よりもなぜ完全雇用が必要かを論じることの方が重要ではないかと考えるのですが。
完全雇用は人間の自由度を奪う相当のムリがあって可能なことであり、人間的な労働からより離れていくことを意味するはずです。
右派はそれを望むところとするのでしょうが、左派がそれを認めるはずがないというのが私の仮説です。

ゴルツが求めるBI構想補足に必要な3つの要素とゴルツ理想論を想定させるオランダモデル

前回見たゴルツの時短・時間解放社会という理想の実現には、次の3つの要素が補足される必要があるとしています。

1)稼得所得の減少が社会所得(BI)の増額によって埋め合わせられながら、すべての人の労働時間が実質的に減少していく
2)失業者や不安定雇用者が、効果的な教育ー職業訓練政策によって新しい技術や技能を身につけることによって、労働時間の短縮によって生み出される仕事に、いつでも、何歳になってもアクセスできるようにする
3)支払われないコミュニティ労働や協同的労働を促進し、これらに社会的・政治的認知を与える政策を進める

この内容にも多少の疑問を抱くのですが、それはさておき。
こうした超時短社会実現と一体化したベーシック・インカム実現はゴルツ自身ユートピアと自覚しているのですが、このモデルに着目し、取り組みを進めつつあるのがオランダ、とその取り組みを紹介しています。

1996年にフルタイム労働とパートタイム労働との差別を禁止する法律が施行され、「パート革命」が進展。
パート比は(当時で)38%(男性17%、女性67.9%)に達し、主要国内では最高水準。
(因みに、この時日本は19%で、昨年2020年はコロナの影響で0.39ポイント低下して31.14%)
政府は、夫婦共働き世帯で1.5人前の所得確保に留めてワークシェアリングを実現し、失業率の改善もみられる。
というものです。
小沢氏は、このオランダの取り組みを非常に重要なものと期待感をもってみているのですが、ゴルツが示したレベルは、やはり夢のまた夢の話であり、その違いはあまりにも大きすぎるというのが実感です。

ここでまたまた余談で恐縮ですが、オランダと言えば、当サイトで先般紹介し取り上げた『隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働』(文藝春秋・2017/5/25 刊)。
その著者リトガー・ブレグマンはオランダの人。
その論述の中に、オランダでもBIの実験的取り組みがあるとしていました。
しかし、その事例紹介も、この政府の時短・ワークシェアリングの取り組みについての記述は(見落としたのかもしれませんが)みることはありませんでした。

消費と「所得と労働の関係」及びベーシックインカムとの関係

本章のまとめに入る前に、もう一つ小沢氏は課題を提起します。
それは、BIはベーシック・ニーズを充足するに足る所得であり、その生活に必要な所得額をどのように決めるか、すなわち社会的に見て標準的な消費生活の維持に必要な金額はいくらか、という課題です。
そこで、消費に規定されて生活に必要な所得額が決まり、その所得額を稼ぎ出すために労働量(時間)は決まる側面に着目し、消費論の角度からのBI論の検討の必要性を提示。
 
そのために引き出されたのが、「歪んだ欲望を増長させ浪費を強要し、ひいては廃棄物の排出」云々。
急速に進行する消費拡大に警鐘を鳴らすUNDP(国連開発計画)の『人間発達報告書1998』を持ち出してグローバルベースでの富裕層と貧困層の消費比較データなどを提示。
A.スミスの「見苦しくない生活」論、T.ブェブレンの「見せびらかしの消費」論、J.ガルブレイスの「依存効果」「公共サービスの貧困」論、はたまたショアSchor,J.の「浪費と働きすぎの悪循環」論と「新しい消費主義」論などを列記し、ショアの論については(省略しますが)詳細を加えているのです。

いくらベーシック・ニーズに必要か、いくらならば適切か、あるいはせめてどのようにその金額を決めるのが望ましいか、程度の議論で十分と思うのですが、まだ日本国内の問題と絞っていないので、展開されないのは致し方ないでしょうか。

「労働と消費を含めた生活全般の人間化」から見えてくるベーシック・インカム論が切り開く福祉社会の展望

 この章で着目してきた「所得と労働の関係性」を考察してのベーシック・インカム論。

ゴルツの目指す労働時間からの解放と大幅な時短社会化に加えて、就労保障政策と自発的な社会セクター部門の活性化政策の社会的推進、時短とゆとりある生活の実現による「働きすぎと浪費の悪循環」からの断ち切りと「強制された浪費」に必要とされる所得額の引き下げなど。
それらにより実現される「労働と消費を含めた生活全般の人間化」が、所得と労働の関係に着目した場合に見えてくるBI論が切り開く福祉社会の展望である。 

小沢氏が自身のBI提案を導き出す論拠としてのベーシック・インカム構想のこれまでの歴史的系譜と主要な要素・要因・論拠の総括が、以上とされています。

労働と消費を含めた生活全般の人間化」 。
何か今ひとつピンとこない表現です。
生活全般の人間化とは、つまるところベーシック・ニーズ、日常の消費生活に必要かつ適正な金額を想定し、そのために必要な所得を算出すべきことを意味するのでしょうか。
もしそうならば、今まで種々論じてきたことが、さほど意味があることであったとは思えないのです。
 
この疑問と関係していると思われる表現が、この第2章のあちこちに組み込まれています。
「産業主義や経済至上主義とは無縁なベーシック・インカム構想」というものです。
それは、高度情報化社会やAI社会の進行によるBI構想の拡がりは、産業主義・経済至上主義と結びついてのものと言えますし、最近の左派サイドからのベーシック・インカム導入論は、反緊縮、デフレ脱却を主目的としての主張となっている傾向が富に強くなっていることを思い起こさせるのです。
 
この状況を小沢氏はどう見ているでしょうか、どう感じ、どう評価しているでしょうか。
こうした社会経済的視点からのBI論は、福祉社会を論じることよりも、社会保障としての生活保障論としてのBI論に再度戻るべきことも示唆していると考えます。

私自身は、労働を、雇用によるものだけに限定すべきではないと考える者です。
当然のことですよね。
自営者、独立事業主の労働もあるのです。
家事労働も、見方を変えれば、多くの女性が、本来得るべき労働収入をタダで強制されて行っているものです。
こうした点を排除してワークフェアを論じることは、一面的な考察・議論に追いやることになります。

当サイトが提案するベーシック・ペンションは、ワークフェアを条件とする制度ではありません。
むしろ、そうであってはいけないと考えていることを、以下の記事でも述べています。
ウェルフェアでもなく、ワークフェアでもなく、ヒューマンフェアとしてのベーシック・ペンション (2021/3/14)

いよいよ、20世紀終わりから21世紀に入るに至る時代においての種々のベーシック・インカム構想についての紹介と考察・分析。
そうした作業を経て形成・構成した小沢修司氏自身による、日本におけるベーシック・インカムの提案「終章 日本におけるベーシック・インカムの可能性」を次回の課題とすることになりました。

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。